第21話 セト・ウォルカ
「僕に、その人の知識を転写してください」
セトの申し出にマールは一瞬戸惑った。
内心は断られると思っていたからだ。
自分がセトの人生を勝手に変えてしまったことを、彼自身が知ったからだ。
断られれば次はない。
眠っているだけに見える異界人の身体は限界だった。
魔素を処理する焦臓を持たない身体構造。
それを無理矢理に魔法で生命維持しているだけ。
毒素は溜まり続ける。
これまでの7年分、ずっと。
(完全に死んでしまう前でよかった)
それがマールの素直な気持ちだった。
(そこまで私の身体が保たない……)
15歳までの残り8年。
生命維持するだけの体力は、アシュレイとの戦いで既に失われていた。
「ありがとう」
そう言うと、セトはマールに連れられて奥の部屋に移動した。
足音だけが響く洞窟を抜け、礼拝堂に入る。
そこにはアメリアがいた。
「セト…ごめんね。全部、聞いたんだ。アンタのその記憶のこととかさ」
アメリアはセトの目を見て言った。
「あのね、アンタがどういう人だろうと関係ないんだ。村で生き残ったのは、あたしとアンタだけ」
「………そうだね」
「だからね、今からあたしはアンタのお姉ちゃんになる」
「………え?」
アメリアはしゃがんでセトに目線を合わせた。
「あたしはアメリア・ウォルカ。アンタはセト・ウォルカ」
「セト………ウォルカ」
「そう、ファミリーネームね」
「………ファミリーネーム?」
「家族が使う名前ね」
「………家族」
「いい?わかった?」
「うん。ありがとう、アメリア」
「お姉ちゃんだって言ってんでしょーが!」
セトの頭にゲンコツが落とされた。
「──ッッ!」
痛みに悶絶するセトは、涙目になりながらアメリアを見た。
「ありがとう。お姉ちゃん」
アメリアも涙目になるが、その表情はどこか満足気だ。
「セト、行くわよ」
セトはマールの後ろについて、奥の部屋に行く。
中年の男は、天幕の中の祭壇で横たわっている。
「転写魔法はそもそも人格そのものを転写する魔法。脳活動も含めてね。知識を写すのに記憶も必要になる。でも、あなたは、あなたでいてほしい」
「…………」
「始めるわね。いい?」
「はい」
マールは何か呪文のようなものをブツブツと言っている。
──祭壇からセトに向かって一筋の光が伸びた。
その光は少しずつ太く、強くなっていく。
それにつれて、セトの頭の中には、山崎響一の記憶が流れ込んでくる。
流れ込んできたのは、山崎の人生の「全て」ではなかった。
切り刻まれ、削り落とされた知識と記憶の断片。
それでも、七歳のセトの頭には、その断片だけで十分すぎるほどだった。
白い蛍光灯の下の制御盤、ブザー音。
机の上に置かれる銀の輪。
だが、それが何を意味するのか、感情は伴わない。
泣き叫ぶ子どもの顔。
だが、その声は遠く、水の中から聞こえるようだった。
大学の教室、黒板の文字、試験の答案
どれも映像だけが流れてくる。
感情は、削り取られていた。
まるで、誰かの人生を「資料」として読んでいるようだった。
七歳のセトに、異世界の中年の知識と記憶が追加されていく。
やがて光は収まった。
「セト?どう?大丈夫?」
マールが心配そうにセトの顔を覗き込んだ。
「大丈夫?」
「うん」
「名前は?」
「セト。俺の名前は、セト・ウォルカ」
「うん」
「ゼラムとエーコの子、アメリア・ウォルカの弟」
「うん」
「今度こそ、何もできずには終われない」
生贄の英雄、セト・ウォルカの物語。
こうして運命は回り出す。




