第19話 山崎響一
彼は電力会社に勤めている。
主任技術者として、電験二種の資格試験を控えていた。
そんなとき、会社で不運な事故が起きた。
確かに誰かのミスはあった。
だが、本来のその場にいるはずのない作業員が巻き込まれた。
それが響一だった。
変圧器の操作。
本来遠隔操作する断路器。
操作中は入ってはいけない室内。
そこに彼はいた。
「断路器、操作します」
その操作は、遠く離れた操作室内、電力会社の支店ビル内で行われる。
彼はその操作が完了した連絡を受けるまで、動くべきではなかった。
少なくともマニュアル上は。
響一は手元の手順書を確認した。
本来なら、ここにいる必要はない。
だが、奥の変圧器室へ向かうには、この部屋を通るしかなかった。
古い地下変電所では、珍しくない構造だ。
「……早く行くか」
その瞬間だった。
バチィィィッ!!
移動中に操作された断路器から伸びるアークに当たり、響一は瀕死の重傷を負った。
一人で動いていたのも良くなかった。
本来は二人一組だ。
もう一人は変電所の制御室でタバコを吸っていた。
発見されることはなかった──
そこに英雄たちが開いた穴が現れ、響一は瀕死のまま封印の空間へと巻き込まれた。
その世界がどうなったのか──
それは誰も知らない。
しかし響一は封印の空間に囚われた。
そこは全てが引き伸ばされる。
米粒の端から端まで永遠に伸び、決して向こう側に辿り着けない空間。
時間も、空間も、全てが無限であり、全てが限りなく停止しているに等しい空間。
だから彼は、瀕死のまま停止していた。
塵芥同然の響一に英雄たちは興味も示さず、穴を開けては外に出て暴れた。
そして、響一はアシュレイと共に、マールの目の前に落ちてきた。
「誰ですか?これは……」
セトは見たことがあるような、ないような人物を指差して言った。
祭壇に寝かされた中年の男、山崎響一。
「わからない。見たこともない文字で書かれたものを持っていた、ということはわかってる」
「なぜ……この人のことを、僕に?」
マールは眉を下げ、申し訳なさそうな顔をした。
「私は……アシュレイを取り逃がした。そしてその人が傍らにいるのを見つけ、保護した。治療し、脳内を覗いた。使える知識が詰まっていた」
そこで言葉を区切る。
天井を仰ぎ見て、ため息をつく。
「私は禁呪の巫女。祭壇にて英雄の封印を監視する者。代々受け継ぐ禁呪で封印を観測する者」
マールはセトを見た。
その瞳は揺れていた。
「私の魔法も知識も役割も、代々継承されてきました。そして、私はこの男性を見たとき、使えると判断しました」
マールの顔が、悲しそう、というより、申し訳なさそうになる。
「本来あなたが15歳、成人するまで話すつもりはなかったんです」
マールはセトの目を見て言葉を紡いだ。
「鏡像魔法も転写魔法も禁呪です。しかし私はこの岩窟院の前に捨てられた赤子に、この人の知識を転写した。その赤子が、あなたです。セト」
セトは何を言われているのかわからない。
「私自身、どこまで正確に転写できたのかわからなかった。だから、7歳を迎えるときにここに来ること。それからは年に2回ここに来ること。それを約束としました」
マールはセトに歩み寄る。
「不正確なままでは、英雄に立ち向かうことができないのです。これからもう一度転写魔法を使います。ですが、あなたが嫌がるなら、やりません。選ぶのは、あなたです」
セトはなにも答えられない。
なにを言われているのかわからない。
(僕は、セトじゃない?)
「転写は、知識だけに絞れない。……知識と記憶は、脳では切り離せない。記憶を伴わない知識だけを移すのは、できない相談なの。だから覚悟して。あなたの頭に、他人の人生が流れ込む。あなたがあなたでいられるかは、それからの話よ」
(僕は、誰になるの?)
「あなたを私の後継者にするつもりだったのです。ごめんなさい」
(僕の父さんと母さんは?)
セトの考えはまとまらなかった。




