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生贄の英雄 セト・ウォルカの物語  作者: 下山四郎
Disc01:幼少期─ストラス山の少年─
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第17話 予言のアシュレイ



セトとアメリアは岩窟院の入り口にいた。

眼下では、ウォルカが燃えている。


「父さん……母さん……」


アメリアに手を引かれるようにして、ここまで来た。

それでもセトの脳裏には、エーコが熱線を放った姿が焼き付いて離れない。


母は、自分たちを逃がすために残った。

父も、まだ村にいる。

戻りたい。

戻らなければ。


そう思った瞬間──


ドォンッ!


岩窟院の奥から、大きな音が響いた。

セトが顔を上げる。

音の方向。

例の祭壇がある洞窟だ。

中にはマールがいるはずだ。


「マールさんッ!」


セトは駆け出した。


「ちょっと、セト!」


アメリアも慌てて後を追う。


土埃の舞う洞窟を抜け、その先にある祭壇へ飛び出す。

そこでセトが見たものは、想像を絶する光景だった。


異形と化したアシュレイ。

そして、そのアシュレイと戦うマール。


「……ッ!」


それは、ケメルから聞いていた戦いとはまるで違っていた。


マールは祭壇に配置された鏡を次々と利用し、光を操り、風を生み、足元の地面さえ変化させている。


それでも──当たらない。


アシュレイは、それらすべてを紙一重で避けていた。


「右です」


マールが放った光線を、アシュレイは首を傾けるだけで躱す。


「次は左」


風刃が走る。

アシュレイは身体を捻り、避ける。

そのまま蜘蛛の脚で地面を蹴った。


ドンッ!


一瞬で距離が消える。


「─ッッ!」


マールが鏡を展開する。


ガキィン!


アシュレイの振り下ろした斧が、鏡の障壁を叩き割った。


「遅いですよ、お嬢さん」


五つの目が、マールを見つめている。


「あなたが次に何をするのか」


斧が振り上げられる。


「全部、わかっていますから」


「マールさん!」


セトはその光景を見て、初めて理解した。


この化け物は──


強い。


ゼラムやケメルとは、強さの種類そのものが違う。

そして何より恐ろしいのは。

マールの攻撃が一度も当たっていないことだった。


「セト!なぜここに!?」

「ああ、お知り合いですか?」


戦闘中だというのに、アシュレイは牛の口を歪めて愉快な様子で言った。


「私が用事があるのは、お嬢さんだけです。よくも封印し続けてくれました。その恨みだけですから」

「セト!逃げなさい!」


明らかにマールの方が分が悪い。

それは戦闘など未経験のセトでも理解できた。


(なんで?マールさんの魔法が当たらない?)


「後ろ……次は下……」


マールは縦横無尽に駆け、時にはアシュレイの背に回り、魔法を繰り出す。

その全ては空を切る。


「なんで……?目を見てないのに……」

「頭が悪いですね。目は顔だけにあるものじゃないでしょう?」


アシュレイの肩、腰、背、蜘蛛の背、あらゆる箇所に目が開く。


「そもそも死角なんてないんですよ」


その様子にセトは唖然とした。

生物としての基本設計を無視した体の構造。

これだけの攻撃を、全て避けている。

ということは──予測できている。


(なんだ?あの化け物は?)


マールはその間も必死に攻撃を続けている。


マールさんを助けないと……

予測される……

予測できない動き……

動きによって結果を変えるもの……


(電位差……)


セトは右手を突きだした。


「アメリア、動かないでね」


それだけ言うと、セトは空気中の水分を操作する。


摩擦による静電気……

静電容量……インピーダンス……

濃い場所を最初に指定……

あとは2人が動けば勝手に掻き混ざる……


魔素で操作するのは小範囲でいい……

最初の発雷も小さくていい……

あとは……勝手に動く……


スダァァン!


アシュレイの蜘蛛の足が2本弾け飛ぶ。


(当たった)


落雷──


「え?」


マールは一瞬何が起きたかわからず動きを止めた。


「小僧……何をした?」


アシュレイも動きを止める。


「雷が落ちただけだ。動けばまた落ちる」


セトの言葉にアシュレイは明らかに動揺した。


「何をした!小僧!」


アシュレイはセトに向き直る。


スドォォン!


アシュレイの右腕に穴が空く。


(もう一つ)


右腕から右胸、右脇腹にかけて、稲妻が走るような模様が浮き出る。

雷撃症だ。


(予測できない。どこから来るか……なぜ?)


アシュレイは混乱していた。

魔法ならば、どこから来るか意識を読めば狙いはわかる。

だが、セトの意識を読んでも、攻撃の方向は読めない。


「動くな。動けばまた雷が落ちる」

「フフフ。小僧、お前にもどこに落ちるのかわからんのだろう?」

「僕にも正確な落下地点は分からない。でも、お前が動けば電位差が変わって、雷が発生する」

「では、動かなければいい。動かずとも魔法は使える!」


一瞬──

ほんの一瞬のその静止状態。


マールが祭壇の周りの土から槍、というか巨大な錐を作り出す。

何十本というそれは、一瞬の間にアシュレイの体を貫いた。


「動かないなら的になるだけ。これであなたはここに磔になった」


アシュレイは笑う。


「……違う。あなたは私を殺せない」

「何?」

「予言します。あなたは──」


五つの目が一斉にセトを見る。


「その小僧を庇う」


アシュレイの口が大きく開く。

その口元から人を軽く飲み込むほどの火球が放たれた。


「セト!」


マールはセトの足元から土壁を立ち上げ、アシュレイから目を離した。


「予言です。あなたは死にます」


アシュレイの風の魔法がマールを襲う。

風刃がマールの脇腹を裂き、腕にも傷を入れる。


「動いたぁ」


ニヤリと牛の口角があがり、同時に電位差で落雷が落ちる。

その落雷はあらぬ場所に落ちたが、地面は抉れていた。


「未だに不規則に落ちる落雷は健在ですか。小僧のほうが厄介なようですね」


アシュレイはセトの隠れる土壁を見た。


「小僧はこのまま生かしておけません」


再び口を開く。


マールは震える手を地面に突いた。


──アシュレイの口から土の錐が飛び出した。

腕、体、蜘蛛の下半身。

あらゆる箇所に突き刺さった錐は体内でさらに伸び、体中を切り進みながら、体外へと飛び出していた。


「目を逸らすから、そうなるんですよ」


土の錐を操作したマールは、そこで意識を失った。


アシュレイも動かない。

五つの目から光が消えていく。

従者、予言のアシュレイは死んだ。


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