第17話 予言のアシュレイ
セトとアメリアは岩窟院の入り口にいた。
眼下では、ウォルカが燃えている。
「父さん……母さん……」
アメリアに手を引かれるようにして、ここまで来た。
それでもセトの脳裏には、エーコが熱線を放った姿が焼き付いて離れない。
母は、自分たちを逃がすために残った。
父も、まだ村にいる。
戻りたい。
戻らなければ。
そう思った瞬間──
ドォンッ!
岩窟院の奥から、大きな音が響いた。
セトが顔を上げる。
音の方向。
例の祭壇がある洞窟だ。
中にはマールがいるはずだ。
「マールさんッ!」
セトは駆け出した。
「ちょっと、セト!」
アメリアも慌てて後を追う。
土埃の舞う洞窟を抜け、その先にある祭壇へ飛び出す。
そこでセトが見たものは、想像を絶する光景だった。
異形と化したアシュレイ。
そして、そのアシュレイと戦うマール。
「……ッ!」
それは、ケメルから聞いていた戦いとはまるで違っていた。
マールは祭壇に配置された鏡を次々と利用し、光を操り、風を生み、足元の地面さえ変化させている。
それでも──当たらない。
アシュレイは、それらすべてを紙一重で避けていた。
「右です」
マールが放った光線を、アシュレイは首を傾けるだけで躱す。
「次は左」
風刃が走る。
アシュレイは身体を捻り、避ける。
そのまま蜘蛛の脚で地面を蹴った。
ドンッ!
一瞬で距離が消える。
「─ッッ!」
マールが鏡を展開する。
ガキィン!
アシュレイの振り下ろした斧が、鏡の障壁を叩き割った。
「遅いですよ、お嬢さん」
五つの目が、マールを見つめている。
「あなたが次に何をするのか」
斧が振り上げられる。
「全部、わかっていますから」
「マールさん!」
セトはその光景を見て、初めて理解した。
この化け物は──
強い。
ゼラムやケメルとは、強さの種類そのものが違う。
そして何より恐ろしいのは。
マールの攻撃が一度も当たっていないことだった。
「セト!なぜここに!?」
「ああ、お知り合いですか?」
戦闘中だというのに、アシュレイは牛の口を歪めて愉快な様子で言った。
「私が用事があるのは、お嬢さんだけです。よくも封印し続けてくれました。その恨みだけですから」
「セト!逃げなさい!」
明らかにマールの方が分が悪い。
それは戦闘など未経験のセトでも理解できた。
(なんで?マールさんの魔法が当たらない?)
「後ろ……次は下……」
マールは縦横無尽に駆け、時にはアシュレイの背に回り、魔法を繰り出す。
その全ては空を切る。
「なんで……?目を見てないのに……」
「頭が悪いですね。目は顔だけにあるものじゃないでしょう?」
アシュレイの肩、腰、背、蜘蛛の背、あらゆる箇所に目が開く。
「そもそも死角なんてないんですよ」
その様子にセトは唖然とした。
生物としての基本設計を無視した体の構造。
これだけの攻撃を、全て避けている。
ということは──予測できている。
(なんだ?あの化け物は?)
マールはその間も必死に攻撃を続けている。
マールさんを助けないと……
予測される……
予測できない動き……
動きによって結果を変えるもの……
(電位差……)
セトは右手を突きだした。
「アメリア、動かないでね」
それだけ言うと、セトは空気中の水分を操作する。
摩擦による静電気……
静電容量……インピーダンス……
濃い場所を最初に指定……
あとは2人が動けば勝手に掻き混ざる……
魔素で操作するのは小範囲でいい……
最初の発雷も小さくていい……
あとは……勝手に動く……
スダァァン!
アシュレイの蜘蛛の足が2本弾け飛ぶ。
(当たった)
落雷──
「え?」
マールは一瞬何が起きたかわからず動きを止めた。
「小僧……何をした?」
アシュレイも動きを止める。
「雷が落ちただけだ。動けばまた落ちる」
セトの言葉にアシュレイは明らかに動揺した。
「何をした!小僧!」
アシュレイはセトに向き直る。
スドォォン!
アシュレイの右腕に穴が空く。
(もう一つ)
右腕から右胸、右脇腹にかけて、稲妻が走るような模様が浮き出る。
雷撃症だ。
(予測できない。どこから来るか……なぜ?)
アシュレイは混乱していた。
魔法ならば、どこから来るか意識を読めば狙いはわかる。
だが、セトの意識を読んでも、攻撃の方向は読めない。
「動くな。動けばまた雷が落ちる」
「フフフ。小僧、お前にもどこに落ちるのかわからんのだろう?」
「僕にも正確な落下地点は分からない。でも、お前が動けば電位差が変わって、雷が発生する」
「では、動かなければいい。動かずとも魔法は使える!」
一瞬──
ほんの一瞬のその静止状態。
マールが祭壇の周りの土から槍、というか巨大な錐を作り出す。
何十本というそれは、一瞬の間にアシュレイの体を貫いた。
「動かないなら的になるだけ。これであなたはここに磔になった」
アシュレイは笑う。
「……違う。あなたは私を殺せない」
「何?」
「予言します。あなたは──」
五つの目が一斉にセトを見る。
「その小僧を庇う」
アシュレイの口が大きく開く。
その口元から人を軽く飲み込むほどの火球が放たれた。
「セト!」
マールはセトの足元から土壁を立ち上げ、アシュレイから目を離した。
「予言です。あなたは死にます」
アシュレイの風の魔法がマールを襲う。
風刃がマールの脇腹を裂き、腕にも傷を入れる。
「動いたぁ」
ニヤリと牛の口角があがり、同時に電位差で落雷が落ちる。
その落雷はあらぬ場所に落ちたが、地面は抉れていた。
「未だに不規則に落ちる落雷は健在ですか。小僧のほうが厄介なようですね」
アシュレイはセトの隠れる土壁を見た。
「小僧はこのまま生かしておけません」
再び口を開く。
マールは震える手を地面に突いた。
──アシュレイの口から土の錐が飛び出した。
腕、体、蜘蛛の下半身。
あらゆる箇所に突き刺さった錐は体内でさらに伸び、体中を切り進みながら、体外へと飛び出していた。
「目を逸らすから、そうなるんですよ」
土の錐を操作したマールは、そこで意識を失った。
アシュレイも動かない。
五つの目から光が消えていく。
従者、予言のアシュレイは死んだ。




