第14話 ウォルカ急襲
夜が更け、月が雲に隠れた。
林の中では、黒い影がガサガサと蠢いている。
──狼の群れだ。
その数は、前回とは比べものにならない。 岩窟院から見下ろすと、林から村へ流れ込む黒い影は、まるで一つの大きな波のようだった。
マールはその様子を岩窟院から見ていた。
彼女には彼女の役割がある。
それがために、彼女は動くことができない。
「どうか、無事で……」
彼女には祈ることしかできなかった。
その夜襲は静かに始まった。
村に入ると、狼たちは遠吠えをしなかった。
一匹も吠えない。
ただ、足音だけが夜の村に響いていた。
統率の取れた行進のように進む狼たちは、一つの家に狙いを定めた。
最初の家が襲われた。
轟音。
扉が破壊される。
家人の悲鳴が一度だけ響いたが、即座に殺害された。
そして、静寂。
また、行軍が始まった。
また一つ、二つと家を襲って村の中心部に近づく。
家の数も増えてくる。
異変に気が付き、外を確認する者が現れた。
ラマクは家の外に出て、魔法で手元に灯りを灯すと、そこには隣の家の庭先に狼がいるのが見えた。
「魔物だー!狼の魔物だー!」
ラキストたち家族も家から飛び出してきた。
「逃げろ!」
ラマクは叫びながら、家族を連れて走り出した。
その叫び声を聞いたケメルは、飛び起きてアメリアの部屋に急いだ。
「起きな!夜襲だよ!」
蹴り起こされたアメリアは、「夜襲」という言葉に即座に反応した。
「母さん、ストラス山だね?」
「そう、山に逃げな。狙いはわからないけど、たぶん前と同じ、林を抜けて来たんだろうね」
「わかった」
「あとね、セトを連れてお行き。あの子はまだ死なせちゃダメだ。あの才能は惜しい」
アメリアは頷くとセトの家へと走った。
「さてさて、狼か。どうしてくれようかねぇ」
外に出て広場に向かったケメルが見たのは、ラマクやラキストら住人たちを貪り食う狼の群れだった。
「皆殺しだよ。クソ狼ども………」
風はうねり、その音は悲鳴のように、怒号のように響いた。
辺りの土はえぐれ、あらゆるものがきり刻まれる。
狼も、家も、そこにあった遺体も。
「ここまでやられたらねぇ……堪忍袋の緒なんて、とっくに切れてるよ」
──走るアメリアは一直線にセトの家を目指した。
「アメリア!」
目の前からセトの呼ぶ声が聞こえる。
「セト!」
セトはエーコと共に逃げてきていた。
「ゼラムさんは!?」
「向こうで狼と戦ってる!」
「逃げるよ!」
「父さんは!?」
「ダメ!ここは逃げるの!」
息切れしているエーコが、セトの腕をつかんだ。
彼女はうまく使えない魔法を必死に使い、セトの擦り切れた腕を回復させようとしていた。
「セト、逃げるよ」
そのエーコの消え入るような声は、セトの背中を押すのに十分だった。
だが、だんだんと消耗し、動けなくなっていくエーコ。
アメリアはエーコの肩を担ごうとして気がついた。
エーコの背中には、大きな3本の傷があった。
今さっきつけられたであろう生々しい傷。
深く切られた箇所は、普通の回復魔法ではどうにもできない。
「エーコさん……」
「うん。わかってる」
「………」
「逃げて」
「でも──」
エーコはアメリアの方を向いて優しい表情で呟いた。
「セトをお願いね」
ストラス山の手前で立ち止まった3人の背に、狼の群れが迫る。
「母さん!」
「セト!逃げなさい!」
「でも!」
エーコはセトの頬を両手で包んだ。
「私の可愛い坊や。逃げて、強く生きて」
エーコは立ち上がって狼たちの方に駆け出していく。
──エーコは魔素の制御ができない。
体内に取り込んだ魔素を、うまく処理できないからだ。
制御できないのなら、しなければいい。
エーコの指先にある魔素が、その一点でのみ増幅される。
出口を小さく絞られたエネルギーは、無制御に勢いよく飛び出す。
熱線となったそれは、狼を薙ぎ払った。
その瞬間、エーコの右腕が弾け飛んだ。
「……っ」
エーコは声を上げることもなく、その場に倒れた。
倒れて動かないエーコを見て、セトはその場で動けなくなった。
(母さん……?)
母さんが、動かない。
さっきまで………
「セト!早く!こっち!」
アメリアはエーコを見つめて呆然とするセトの手を引っ張った。
(とにかく山に逃げる!)
アメリアはセトの手を無理矢理引っ張って、ストラス山を目指した。




