第13話 英雄の神話
かつて栄えた文明があった。
大地のあらゆる街は道でつながった。
海を越えてあらゆる街が道でつながった。
やがて道は空を越え、山をくり抜いた。
人は道を作り続けた。
道のない場所はなくなった。
全ての街は道でつながり、街にそびえる塔は天を貫いた。
人は神に届いたと宣った。
だが、神はそれを許さなかった。
神は天を落とし、大地は震え、海は天に届いた。
獣や虫、魚、神が生み出したあらゆる命は魔物に変じ、人の道は崩れた。
あらゆる街が崩れ、人々は狼狽えた。
人の世に再び夜が戻った。
夜の時代に四人の英雄が立った。
英雄たちは海を裂き、大地を突き、天を支えた。
英雄たちは魔物を退け、再び人の世の繁栄を約束した。
その約束は英雄が去った今なお守られる。
そして英雄たちは、再び世が滅びを迎えるときに戻るだろう。
それが世界に伝わる神話。
「その祭壇は、英雄の時代からあるものです」
いつの間にかセトの洞窟の出口にいたマールは、セトに話しかけてきた。
セトは祭壇を見つめた。
風が崖の向こうから吹き上げ、祭壇の周囲を通り抜けていく。
目の前にあるものが、本当に古代から存在しているのだと思うと、不思議な気分になった。
(神話?でも、この祭壇は本当に古いらしい)
(じゃあ、英雄は実在したのか?)
風にさらされているのに、祭壇は崩れることなくそこにあった。
(神話の時代から?……本当に?)
「私はここで世界を観測する者。その役割を担っています」
(観測?どういうことだ?)
「本当に大きくなりましたね」
その時、洞窟の向こうから、ゼラムとエーコがやってきた。
「ここは本当に昔からあるんだ」
「そうよ。由緒正しい寺院なんだから」
由緒正しい……とは?
なんだろう?
思い出せそうで、思い出せない。
「そろそろ、帰りますか?」
「そうさせて頂きます」
「わかりました。では、くれぐれも約束をお忘れなく」
「はい。春と秋の2回、こちらに伺います」
マールとゼラムたちはそう話すと、セトを呼び、山を下りた。
三人の姿が山道の向こうへ消える。
マールはその姿を見送ってから、ようやく小さく息を吐いた。
一人過ごす定め。
その役割を担うと決めた覚悟。
寺院の由緒が故に、わざわざ山奥のこの場所に捨て置かれる孤児たちがいる。
育てられず、何人も看取ってきた。
小さな身体を抱き、冷たくなっていくのを見届けたことも、一度や二度ではない。
心苦しく思わなかったときはない。
『ここでは、この子は育てられません。引き取って育てていただけますか?』
ゼラムとエーコに声を掛けてから7年。
乳幼児期が過ぎ、死亡率が高い時期を超えた。
もう、あの子が明日にも死んでしまうかもしれないと見つめることはない。
初めて、ここに捨てられた子が、成長する姿を見ることができた。
「本当に大きくなりましたね」
それは心からの祝福の言葉だった。
このあと毎年春と秋の2回、セトを寺院に向かわせる。
その約束をした。
セトの成長を見るためだ。
15歳を迎えるまで。
セトが自分自身を受け入れる準備ができるまで。
「私は、それまで生きなければならない」
セトに入るなと言った部屋。
そこはマールの私室ではない。
「あと8年」
そこには、あと8年、マールの命を削ってでも果たすべき使命がある。
「申し訳ありません。セト、あなたが頼りです」
だが、その約束が守られることはなかった。
夜になると、ストラス山は昼間とは別の顔を見せた。
木々の隙間から月明かりが差し込み、風が枝葉を揺らしている。
昼間なら聞こえていた鳥の声も、今はほとんど聞こえない。
マールは一人、礼拝堂の灯りを落としていた。
そのときだった。
「……?」
林の向こうから、遠吠えが響いた。
一度。
そして、もう一度。
マールは窓の外を見つめた。
「……まさか」
林の向こう側から、遠吠えが幾度も響いた。




