第12話 ストラス岩窟院
──1年後。
7歳になったセトは、ゼラムとエーコとともにストラス岩窟院を目指していた。
ピクニックではない。
「父さんは乗らないの?」
「乗らん。乗ったら魔素を使えんからな」
セトとエーコを乗せたエスカレーターが、山肌に沿ってガラガラと登っていく。
その横を、身体強化の魔法を使ったゼラムが飛ぶように駆け上がっていた。
セトはエスカレーターの手すりに手を置きながら、その様子を眺める。
下を見ると、木々の間から村が小さく見えていた。
いつも見ている景色なのに、高いところから見ると少しだけ違って見える。
「父さん、疲れないの?」
「疲れるぞ」
「じゃあ、乗ればいいのに」
「だから魔素が使えんだろうが」
「でも歩くほうが疲れるよ?」
「……そういう問題じゃない」
隣でエーコが小さく笑った。
「セト。お父さんは魔法を使いたいのよ」
「なんで?」
「好きだから」
「ふーん」
セトはもう一度、ゼラムを見る。
走るたびに筋肉が大きく動き、身体から漏れた魔素が空気を揺らしている。
一年間、魔法について学んできた。
けれど。
セトには、まだ分からないことがたくさんあった。
その一つが、これから向かう場所にある。
「ねぇ、なんで今日じゃないとダメなの?」
「7歳になったらお祈りをするのよ」
セトの疑問にエーコが答えたが、セトにはそんな心当たりはなかった。
ラキストは1つ年上だが、わざわざお祈りに行ったという話は聞いていない。
(よくわからないな)
疑問で頭がいっぱいになるが、そうしているうちにも、岩窟院は目の前に迫っていた。
ストラス岩窟院。
山の中腹にある古い宗教施設。
曰く、古代文明の時代からある。
曰く、ここの巫女は全てを見通す。
曰く、4000年の歴史を全て見てきた。
近くで見ると、想像していたよりずっと大きかった。
岩肌と一体になった建物は、建物というより山そのものに穴を開けて造ったように見える。
他にも噂は多々あるが、どれもセトには俄に信じられないものばかりだった。
「よし、着いたな」
「礼拝堂でいいのかしら?」
岩窟院を目の前にして、ゼラムとエーコが話している。
何やら懐かしむような、それでいて少し寂しそうでもあった。
「あら、あなたたちは……」
奥からこちらに話しかけてくる女性の声がした。
「そうですか。今日でしたか。それで?そちらの子が、あの時の?」
「はい。そうです」
「名前は、セト、でしたね?」
名前を呼ばれたセトは女性に顔を向けた。
その声を聞いた瞬間、ほんの少しだけ足が止まった。
どこか聞き覚えがある声だが、全く思い出すことはできない。
「大きくなりましたね。私はマール。どうぞ、礼拝堂のほうへ」
促されるまま、岩窟院の奥へと歩みを進める。
ひんやりとした洞窟を進み、開けた場所に着いた。
そこは採光のためにくり抜かれたいくつもの窓から光が差し、幻想的な空間のように思えた。
天井は高く、声を出せば遠くまで響きそうだった。
外の山とは違い、そこだけ時間が止まっているようにも見えた。
「7歳に、あなたはなりました。これはそのお祈りです。神に感謝を」
跪いたマールは両手を組み、祈りを捧げているようだ。
(神なんているのか?)
セトは疑問に思ったが、魔法があるなら神もいるのかも、と妙な納得をした。
横を見るとゼラムもエーコも同じように祈っている。
(しないとダメかな?)
そう思ったセトは、両手を合わせて合掌した。
しばらくすると、祈りの言葉が終わり、マールが話しかけた。
「私は少しお父様とお母様と話があります。いろいろ見て回ってもいいですが、あの奥には入らないで下さい」
マールが指さすのは、礼拝堂の更に奥にある壁をくり抜いたであろう廊下だ。
「何があるんですか?」
「私の部屋です」
部屋を覗くのは良くない。
怒られるのは目に見えてる。
ケメルさんの家で、アメリアの部屋に勝手に入って酷い目に遭ったのを思い出した。
セトは身震いをすると、そこだけは入るまいと心に決めた。
しばらく色々と見ていると炊事場や墓などがあり、生活空間と宗教が混在しているように思えた。
一通り見て回って岩窟院の外へ出ると、別の入り口があることに気がついた。
(……なんだろう。ここ、妙に気になる)
そこは洞窟で、その先には光が見えていた。
洞窟を抜けると、風が吹き抜けた。
目の前には空が広がっている。
その先には切り立った崖があり、遥か下には山の木々が続いていた。
その崖の先端に、ひとつだけ祭壇が組まれている。
「ここは祭壇ですよ。気になりますか?」
後ろから声をかけられ、振り向くとそこにはマールがいた。




