第136話 砂漠横断計画
最高時速の60kmで走り続けた魔動車は、王都コペグダを出て二日後には西端の街ガラッシュに着いた。
「疲れた」
昼夜問わず走り続け、交代しながら運転したため、セトたちは疲労困憊だ。
「馬は置いてきてよかったですね」
ソルダがふと呟いた。
魔族領に来た当初に、ソルダが一頭だけ残したいと言った馬は、コペグダで引き取られた。
既に高齢になりつつあったこと、状況が状況だけに連れていけないこと。
それらを加味して泣く泣く置いてきた。
ソルダは本当に泣いていた。
「まぁ、こうなったら仕方ないんじゃねぇの?」
ハーレイも同意する。
「とりあえず疲れたんで、今日くらいは布団で寝ましょうよ」
サフラは宿で寝たいという。
「それがいいな」
ソルダは、後部座席で窓にもたれて寝ているセトを見て言った。
四人は宿に入り、一晩を過ごす。
「もう少し布団で寝たい」
全員が同じようなことを言うが、そうも言っていられない。
ハビルタンは「疾く往ね」と言ったのだ。
できるだけ早く退去しなければならない。
「でも、ドラドに行くのか……」
ハーレイとソルダは物凄く嫌そうな顔になった。
「何があるんです?」
サフラはその様子が不思議なようだ。
そこでハーレイとソルダが説明する。
「ドラドはな、法が異常に厳しい。歩き食いは鞭打ち」
「そうそう。路上で酒を飲むと懲役、窃盗は両腕の切断」
「それに人身売買、性犯罪は生殖器の破壊」
「極めつけに、他国の逃亡犯は死刑」
その話にサフラは少し考える。
「最後の性犯罪と他国の逃亡犯はそれでいいと思いますけど、他が厳しいですよね?」
「「いや!!全部厳しいだろ!!」」
ハーレイとソルダが突っ込むが、サフラはどこ吹く風だ。
「でも、犯罪を防ぐには、それくらい必要なのでは?」
「いやいやいや!」
ハーレイが頭を抱える。
「だからって歩き食いで鞭打ちはおかしいだろ!」
「食べながら歩くのは行儀が悪いですからね」
「そこじゃない」
ソルダも呆れたようにため息をつく。
「とにかく、ドラドには行きたくない」
「でも、へネス教国へ戻るにはドラドを通るのが一番早いんですよね?」
そこでセトが地図を広げた。
「いや?近いってのは違うな」
サフラが地図を覗き込む。
「いいか?ドラドってのはここから西寄りの北だ。つまり迂回路なんだよ」
ガラッシュとドラドの間を、セトが指でなぞって教える。
「なんで迂回するんですか?」
「なんとか?って魔物がこの砂漠に出るらしい」
この砂漠、というのは、ガラッシュから一直線に西に向かう先にある砂漠だ。
「なんとかってなんですか?」
「前にカダルに聞いたんだが、覚えてないな」
セトはハーレイとソルダを見る。
二人とも首を横に振った。
「なんだったかな?」
「なんか、砂に飲まれる?でしたか?」
全員が思い出そうとするが、思い出せない。
「でも、一直線に進めば時間短縮なんですよね?」
サフラは三人に言う。
確かに直線距離なら時間短縮だ。
セトにはへネス教国に戻って、今回の件を報告する役割がある。
「まぁ、時間短縮なんだが………」
「じゃ、そっちしかないじゃないですか!」
サフラは決まり、と言わんばかりに声を上げた。
「いや、待て」
ハーレイが止める。
「何か忘れてないか?」
「何を?」
「砂漠だ。しかも、魔物が出る」
「はい。知ってます」
サフラは平然としていた。
「だったら、魔動車で突破しましょう」
「……」
ハーレイは黙った。
ソルダも黙った。
セトだけが地図を見ている。
「うん。まあ、確かに」
「坊っちゃんまで!」
「だって、ドラドを避けられるなら、そのほうがいいだろ」
「でも、砂漠ですよ?」
「魔動車なら進める」
「水は?」
「積む」
「食料は?」
「積む」
「故障したら?」
「直す」
「道に迷ったら?」
「……」
セトは少し考えた。
「西に向かえばいい」
「地図を見てくださいよ!」
ハーレイが頭を抱える。
「そんな簡単な話じゃありませんって!」
ソルダが地図を覗き込む。
「ですが、距離だけで言えば確かにこちらのほうが短いですね」
「だろ?」
「ただし、この砂漠を越えるには――」
ソルダが言いかけたところで、セトが遮った。
「よし。決まり」
「決めるの早すぎません?」
「早く出ないといけないんだから、迷ってる時間がもったいない」
セトは地図を畳んだ。
「水と食料を買えるだけ買う。燃料になる魔石も補充する」
「燃料は魔石だけでいいんですか?」
サフラが尋ねる。
「一応な。今の魔動車なら二日程度なら問題ない」
「二日程度なら?」
「それ以上は、やってみないと分からない」
「……」
サフラの顔が少し引きつった。
「大丈夫なんでしょうか?」
「いや、お前が言い出したんだ」
ハーレイはサフラの肩を叩いた。
「大丈夫だろ」
セトは笑った。
「では、準備しましょう」
こうして一行は、砂漠横断の準備を始めた。
水に食料、魔石、必要な道具。
そして、万が一に備えた修理用の部品。
荷物を積み終える頃には、すでに日が傾き始めていた。
「出発は明日の朝だな」
セトが言う。
「今日はもう休みましょう」
ソルダが提案する。
「賛成です」
サフラも頷く。
「そうしましょう」
ハーレイも続いた。
四人は宿へ戻った。
そして翌朝。
ガラッシュの西門を出る。
しばらく進むと、目の前に広大な砂漠が現れた。
地平線まで続く砂。
道どころか目印になるものがない。
ただ、西へ続いている。
「……」
四人は魔動車から砂漠を眺めた。
「本当にここを行くんですか?」
サフラが聞く。
「行く」
セトは即答した。
魔動車の魔石に魔力が流れ込む。
低い駆動音が響いた。
「じゃあ、行くぞ」
アクセルを踏み込む。
魔動車が砂の上を走り出した。
最初は順調だった。
「おお!」
サフラが声を上げる。
「走れるじゃないですか!」
「だろ?」
セトも少し嬉しそうだった。
砂を巻き上げながら、魔動車は西へ進んでいく。
だが、それから数時間後。
「……おかしいな」
セトが呟いた。
「太陽の位置が変だ」
ハーレイが顔を上げる。
「……まさか」
セトは魔動車を止めた。
全員が周囲を見る。
セトは地図を見下ろした。
「道、間違えたかもしれない」
「「「ええ!?」」」
砂漠横断は、始まったばかりだった。




