第134話 魔導義手
セトは治療院で切断された左腕に義手をはめ、そのリハビリに取り組んでいた。
「やっと……だな」
セトの義手には魔石や魔結晶などが使われている。
ただつけ外しが可能な模擬的な腕ではない。
肩下5cmから切断された腕。
そこにはめられた義手は、セトの意思によって肘も曲げられる。
動力は取り付けられた魔石だ。
神経線維の代わりとして取り付けられたのは、細く伸ばした魔結晶だ。
これによって、セトの肩から下に模擬的な神経経路を接続して意思を伝えている。
セトが動かそうと意識すれば、その意思が魔結晶を通じて義手へ伝わる。
肘を曲げる。
手首を動かす。
指を握る。
理屈の上では、それができる。
だが──。
「……っ」
セトは顔をしかめた。
思ったようには動かない。
腕を上げようとしただけなのに、肘が僅かに震える。
指を握ろうとすれば、五本の指が一斉に動いてしまう。
力を抜こうとすると、今度は腕そのものが下がってしまった。
「難しいな、これ……」
義手を見つめる。
そこにあるのは、確かに左腕だった。
だが、セトにとってはまだ自分の腕ではない。
頭では動かし方を理解している。
けれど、今まで何十万回、何百万回と無意識に行ってきた動作を、もう一度最初から覚え直さなければならない。
「もう一回」
セトは右手で椅子の背もたれを掴んだ。
そして、左手をゆっくり持ち上げる。
今度は肘が動いた。
「……!」
ほんの僅かだった。
それでも、確かに自分の意思で動いた。
セトの口元が少しだけ緩む。
「よし」
もう一度。
今度は手首。
さらに指。
一つずつ。
自分の身体だったものを、自分の身体として取り戻していく。
その様子を少し離れた場所から見ていたハーレイが、静かに息を吐いた。
「坊ちゃん」
「ん?」
「焦らないでくださいよ」
「分かってる」
「本当に?」
「分かってるって」
セトはそう言いながら、もう一度左手を握った。
今度は五本の指が、きちんと握り込まれた。
「……できた」
小さく呟いたセトの声には、僅かな喜びが滲んでいた。
リハビリは順調に進む。
その中でセトは一つの疑問、というかロマンを語った。
「これ、ロケットパンチにできないか?」
その言葉に、フェネルとサフラの表情が固まる。
「どういう意味ですか?」
フェネルが問う。
「肘から先がさ、こう、ボンッ!て飛び出て攻撃するヤツ」
そのセトの言葉をサフラが否定する。
「飛んでって回収できないと、セトさんは肘から先がなくなりますよ!」
確かにそうなのだ。
そんなに都合よく肘が戻ってくるとは限らない。
「じゃあ、無理か……」
セトのロマンはこうして打ち砕かれた。
諦めて普通のリハビリに励む。
手首を動かし、指を一本ずつ。
最初は苦戦したことが、今では少しずつできるようになる。
それが嬉しかった。
だが、問題もある。
「いだだだだ!」
叫び声を上げたのはソルダだ。
「すまん。大丈夫か?」
セトはソルダと握手をしていた。
しかし、その力加減がわからない。
動作の意思は伝えられるが、触覚、感触というものが腕から伝わらない。
そのため加減ができないのだ。
「なぁ、これ、どうにかならないか?」
これにはフェネルも頭を悩ませた。
相互的な情報伝達というのは、かなり難しい信号回路になる。
そのために腕を大型化するのも間違えている。
「慣れてもらうしかない、というのが今の解答になりますね」
フェネルはセトの義手を指差した。
「今の義手は、セトさんの意思を読み取って動かすことはできます。ですが、義手側からセトさんへ情報を返す仕組みがありません」
「情報を返す?」
「例えば、今ソルダさんの手を握った時、セトさんはどれくらいの力で握っているかわかりましたか?」
「全然」
「それです」
フェネルは頷いた。
「普通の腕なら、皮膚や筋肉、腱などから様々な情報が脳へ送られています。熱い、冷たい、硬い、柔らかい、痛い、触れている、そういう情報ですね」
「それがない」
「はい」
セトは自分の義手を見た。
「つまり、俺が一方的に命令してるだけで、義手から返事が来てない」
「そういうことです」
フェネルは少し考えた。
「もし触覚まで再現するのであれば、義手に触れた情報を読み取り、それを魔結晶でセトさんへ伝える必要があります」
「できる?」
「理論上は」
その言葉にセトは身を乗り出す。
「お」
「ですが」
フェネルは即座に付け加えた。
「今の義手では無理です」
「だよな」
「そもそも、触覚を再現するためには、何をどのような信号に変換するのかを考えなければなりません。さらに、それをセトさんの神経に近い形で伝える必要があります」
「……結構大変だな」
「かなり」
セトは義手を眺めた。
動く。
それだけでも十分凄い。
だが、人間の腕と同じではない。
「まあ、仕方ないか」
「そうですね」
「とりあえず、握手するときは気をつける」
「それが一番です」
そう言った直後。
「坊っちゃん」
ソルダが手を差し出した。
「ん?」
「もう一度やってみよう」
「大丈夫か?」
「今度は気をつけてくれるんでしょう?」
「まあ……」
セトは恐る恐る、その手を握った。
「……」
「……」
「……どうだ?」
「痛くない」
「よし」
「……痛くないけど、握られてる感じがしない」
「難しいな、この腕」
二人のやり取りを見ていたフェネルが苦笑する。
義手はまだ完成したとは言えない。
セトは左手を握った。
今度は、自分の感覚で力を調整するのではなく、相手の表情や手の動きを見ながら調整する。
不便ではある。
だが、使えないわけではない。
「練習するしかないな」
セトはそう言って、再びリハビリへ戻った。
少しずつ失った左腕を、自分の身体として取り戻すために。
そして数日後。
魔王ハビルタンからの召喚状が届いた。




