第131話 滅私奉献
ソルダの拳は相変わらず空を切っていた。
一方的に殴られ、ソルダは顔どころか脇腹なども腫れ上がっている。
「どうしたぁ!ああ?どうしたよ!なぁ?」
カーチェスは笑いながらソルダを殴っている。
「そろそろ疲れてきたか?そろそろ腹に穴が空くぞ!なぁ!?」
ドゴォッ!
拳がソルダの腹にめり込む。
「ぐっ……!」
ソルダの身体がくの字に折れる。
それでも倒れない。
「ははは!まだ立つのかよ!」
カーチェスは楽しそうに笑った。
「いいぜぇ!そういうの大好きだ!」
再びカーチェスが消える。
「ソルダ!」
セトが叫ぶ。
だが、ソルダは動かなかった。
動かなかったのではない。
動けなかった。
「……」
カーチェスの拳がソルダの顔面を捉える。
鈍い音がする。
ソルダの身体が横に吹き飛び、床を何度も転がり、壁にぶつかる。
「どうしたぁ?」
カーチェスが追いかけるように歩いていく。
「さっきまで威勢よく殴ってきたじゃねぇか」
ソルダはゆっくりと立ち上がった。
口元から血が流れている。
「……坊っちゃん」
「ソルダ、もういい!」
セトが叫ぶ。
「相手は俺が──」
「おい!ヤギ!テメェ!」
その時、部屋の入り口からカダルが叫んだ。
「小僧どもに何しやがる!」
カダルはズカズカと大股で歩いてくる。
「俺はカモシカ!喧嘩の邪魔すんな!老いぼれ!」
「うるせぇ!どう見てもヤギじゃねぇか!」
そう言って振り被ったカダルの拳は空を切った。
「………?………ああ、そうか。テメェの魔法か」
「へぇ〜。わかるか?老いぼれ」
カダルはその一回の行動でわかったようだ。
「チッ、面倒臭ぇ。ほら、こいよ」
カダルは空手のように構える。
「ジジイ……舐めてんのか?」
そのカーチェスの言葉に、カダルはニヤリと笑う。
「知らねぇよ。クソヤギ。来ねぇのか?ビビったか?」
そのカダルの言葉にカーチェスは激昂する。
「死ね」
次の瞬間、その一言だけ発したカーチェスの貫手がカダルの腹を貫いた。
拳は腹から内臓を破って背に抜けている。
「ゴフッ」
カダルの口から血が溢れた。
それでもカダルは両腕を回してカーチェスにしがみつく。
身体強化はしなかった。
相手を見ずにその場所を知る必要がある。
それなら、カーチェス以外の目印を作る。
「小僧………俺を狙え……」
カダルは思い出していた。
20年以上前。
魔王ハビルタンが老いた身体を使っていた頃。
「カダル、貴様の息子、ペルハに王の座を譲る」
主席技術員だったカダルは王に呼ばれ、そう声をかけられた。
「なんと……筆舌に尽くし難い栄誉でございます」
この時のカダルは本気で喜んだ。
「しかし、ペルハは技術員としての才に秀でておりませぬ。健康だけが取り柄でして……」
カダルは技術員としてなら、弟のフェネルの方が上だと評価していた。
「良い。だから良いのだ。身体が丈夫であるのは、なによりの取り柄だ」
こうしてペルハに王位を継承する儀式が執り行われた。
「ペルハ!お前が王様か!」
カダルは継承を終えたペルハの肩を叩き、喜びを分かち合おうとした。
「カダルよ。貴様、軽々しく触れるな」
返ってきた言葉は、重々しいものだった。
「余は魔王ハビルタン。この国の王である」
カダルは初めて知った。
継承の儀式とは、転写魔法であると。
こうしてカダルは、息子をハビルタンに差し出した。
カダルは血を吐きながら、必死に声を出した。
「小僧……何してやがる……」
カダルは力が抜けていくのを堪え、必死にカーチェスに抱きついている。
「クソジジイ!!どういうつもりだ!!」
腹を貫かれる時には身体強化をしていなかった。
わざと貫かせた。
だが、その腕を固定するため、あえてその後に身体強化で筋肉を隆起させた。
今、カーチェスの腕はカダルの腹の筋肉によって固定されている。
セトはカプセルに繋がっているケーブルに目をつけた。
「ソルダ……その線、引っこ抜いて投げろ」
セトはソルダにケーブルを抜き、カダルに向かって投げるように指示する。
「余力はもうほとんどない。ハーレイ、お前、雷撃はできるか?」
「苦手ですけど」
「じゃあ、手伝え」
ソルダの投げたケーブルがカダルに触れる。
「老いぼれ!死にてぇのか!」
動けないカーチェスが絶叫を上げた。
「ジジイを舐めるな……」
カダルはそれに静かに答えた。
その瞬間、セトとハーレイの雷撃がケーブルを伝ってカダル、カーチェスに降り注いだ。




