第130話 毒禍のニトラ
ニトラは獣人だ。
カスティアに奴隷として使役されていた。
カスティアに買われたとき、既にカーチェスというカモシカの獣人が奴隷として使われていた。
ああ、なぜ獣人などという不遇な種族に生まれ落ちたのか。
ニトラはその運命を呪った。
だが、カーチェスは違った。
ひたすらに明るかった。
獣人の中には、その改造の違いによって人と同じように喋れる者から、ベースになった動物のような鳴き声しか出せない者までいる。
それは人間によってどこまで改造されているかによって変わる。
「お前たちは人と同じように喋れるのだろう?だから買った。珍しい種族だしな」
カスティア様はそれだけを言った。
カスティア様は優しいというのとは違った。
食事も含めて、生活は人間と同じようにしてもらった。
恩を感じた。
だが、決して私たちを人とは呼ばなかった。
そして、それは四英雄と呼ばれ、封印されているときも変わらなかった。
確かに恩はある。
だが、私は、人として生きてみたかった。
──ニトラの目の前に広がる光景。
それはカーチェスがいつも通り喧嘩している光景。
自分は見たこともない場所で、冷たい液体の中にいる。
(ここはどこだ?)
液体は徐々に減ってきている。
(私は、負けた。捕らえられたのか?)
封印から出てきた時のことを思い出していた。
(では、カーチェスは、私を助けに来たのか?)
ドン!
ニトラはカプセルを内側から叩いた。
既にヒビが入っている。
(これなら、私でもいける)
ニトラは蝙蝠特有の超音波で、減っていく液体を振動させる。
バァン!
液体の高振動によって、カプセルは砕け散った。
だが、体力はまだ戻っていない。
ドサリとニトラは倒れ込む。
目の前にいるのはセトだ。
(まぁ、こいつでもいいか……)
ニトラの能力は毒。
本来なら鏡像魔法で、その個体に最も効果の高い毒を調べ、体内で作り出す。
(動けないようだし、これならただ腐らせるだけでいい)
ニトラの爪が、セトの左腕を貫いた。
「坊っちゃん!」
ハーレイがセトの元に駆け寄る。
「何してんだ!テメェは!」
走ってきた勢いのまま、ハーレイはニトラの顔を蹴り上げた。
「坊っちゃん!坊っちゃん!」
ハーレイはすぐにセトに声をかけながら治療に取り掛かる。
(ダメだ!クソ!浸潤が早すぎる!)
セトの左腕上腕について傷からドス黒い変色が広がっていく。
(これは……壊死か!)
「テメェ!坊っちゃんに何をした!」
ニトラは何も答えない。
ただ、自分の爪を見つめていた。
(……おかしい)
確かに毒は入った。 しかも、相手の身体に合わせて作った。
ならば、もう動けないはずだった。
なのに。
「……まだ、生きている?」
ニトラが呟く。
「当たり前だろうが!治してんだよ!」
「くくく……そうか、治癒師か。間に合わないよ。お前の治癒より早く組織は死んでいく」
ニトラは力なく笑いながら答えた。
「おい……」
その時、セトが目を覚ました。
「坊っちゃん!気がついたか!」
「……ハーレイ」
「ああ、わかってます!すぐ治す!」
「切り落とせ」
「え?」
ハーレイが目を見開いてセトの顔を見た。
「左腕を切り落とせ」
「でも!」
「いいからやれ。やってくれ」
ハーレイはそれ以上何も言わなかった。
壊死が進む前にやるしかない。
「全部は今やるな。時間がない。止血は俺が焼灼する」
「バカ!何言ってるんです!」
「お前はニトラをどうにかしろ」
ハーレイはニトラを見た。
かなり息苦しそうだ。
まだ体を動かせるほどに回復していないのだろう。
「毒を作るということは、耐性や処理する仕組みがある。あとはわかるだろ?」
セトはハーレイを見た。
「クソが!」
ハーレイはまずはセトの腕の処置を始める。
切断だ。
皮膚、筋肉、神経系、血管、そして骨。
素人の焼灼などという無茶苦茶に耐えられるよう、できる限り細かく、手早く処置と魔法を組み合わせる。
「くくく」
後ろで倒れたままのニトラが笑う。
「待ってろ。今すぐテメェは殺す」
ハーレイがニトラを見た。
セトの左腕は肩から5cmほどを残して切り落とされていた。
「テメェには抗体があるんだろ?」
ハーレイはニトラの腹に手を置いた。
爪で傷つけられないよう、注意深く観察する。
「本来はこんな使い方はしないんだ」
ハーレイはニトラに治癒魔法を使った。
だが、それは相手を治療するためじゃない。
「免疫暴走だ。苦しんで死ね」
ニトラの弱っている体の中で、免疫細胞が際限なく暴れ回る。
それは高熱から始まり、多臓器不全に至る。
「サイトカインストーム。お前はお前自身の免疫で死ぬ」
ハーレイはそれだけ言うと、セトの処置に戻った。
その頃、カーチェスとソルダの殴り合いはまだ続いていた。




