第129話 獣人の身体強化
「やぁやぁ皆の衆!苦しゅうない苦しゅうない!」
カーチェスと名乗った獣人は穴からゆっくりと歩いてくる。
「さぁてぇ〜?ニトラはどこだぁ?」
その姿は人間によく似た顔。
毛むくじゃらの身体。
そして太い角が額から後頭部にかけて伸びている。
「ヤギ……」
セトは思わず呟いた。
「カモシカだぁ!間違えんな!カス!」
その呟きを拾って、カーチェスはセトを指差して叫んだ。
「お、ニトラじゃん。バカだねぇ。こんな下らんとこに捕まってぇ」
カーチェスはカプセルの中のニトラを見つけた。
そして拳を振るった瞬間──
バァン!!
カプセルと部屋を隔てるガラスが割れた。
「バカな……これはただのガラスじゃないぞ」
壁が吹っ飛んだ衝撃で、地面に突っ伏していたフェネルが言う。
「このガラスは!この国の最大火力の兵器でやっと壊せるものなんだ!こんなこと!あり得ない!」
フェネルはカーチェスの拳を見て、尻もちのまま後ずさる。
「ふふん。そうかい。自慢のもんだった?ごめんねぇ、壊しちまった」
カーチェスはニヤニヤと笑っている。
「じゃ、ニトラは返してもらうぜぃ」
その時──
「おい!コラ!ヤギ!」
ソルダが叫んだ。
「相手してやるよ。坊っちゃんの邪魔すんじゃねぇ」
さらにその横でセトが指示を出す。
「ハーレイ、全員外に誘導しろ。まずはここの人間を逃がして戻ってこい」
「はいはい。俺も逃げたいんですけど」
「ダメだ。お前は治癒師だ。戻ってこい」
ハーレイは涙目になりながら、研究員たちに逃げるよう指示している。
一方、カーチェスの顔に青筋が浮かんでいた。
「カモシカだって言ってんだろうが……」
カーチェスが消える。
一瞬で間合いを詰めたカーチェスの拳が、ソルダを捕らえた。
骨の軋む音。
激しい炸裂音。
ソルダの体は宙を舞うように吹っ飛ぶ。
だが、着地には成功する。
「どうしたぁ!?そんなもんか!!喧嘩しようぜ!!」
ソルダも既に身体強化をしていたようだ。
ソルダも一瞬で間合いを詰めて、カーチェスに殴りかかる。
だが、その拳は空を切る。
「ふははは!どうしたぁ?そっちじゃねぇよ!」
ソルダはカーチェスのいない場所に拳を出していた。
「あらよっと!」
カーチェスの拳は正確にソルダを捕らえる。
ソルダは再び吹っ飛び、また間合いを詰める。
だが、ソルダは全く見当違いの場所に殴りかかる。
(何かがおかしい……)
その様子を見ていたセトは、ソルダの攻撃方向が間違っていることに気がついた。
「ソルダ!ヤギはお前の見えてる場所にはいない!」
セトはソルダに向けて言った。
だが、反応したのはカーチェスだ。
「カモシカだ!バカ野郎!」
その瞬間、ソルダの拳がカーチェスの顔面を捕らえた。
「いてぇな!ド畜生が!」
カーチェスは顔を押さえながら、ソルダを睨んだ。
「何回言ったらわかるんだ?俺様はカモシカ!そして!錯視のカーチェス様!理解したか!?」
錯視のカーチェスと名乗った。
確かにそう名乗った。
「ええ?筋肉ダルマ!テメェの目玉は使いもんになんねぇよ!そして!俺様は身体強化もしてる!テメェはタコ殴りの刑だ!」
カーチェスはソルダを指さした。
「その次はそっちのヒョロガキ!テメェだ」
そしてセトに向き直ってセトも指差した。
その時、もう一度ソルダの拳がカーチェスの顔を捕らえる。
「まだ喧嘩が終わってねぇだろうが!」
ソルダは咆哮とともに殴りかかるが、またしてもソルダの拳は空を切る。
「学習しねぇなぁ!筋肉ダルマ!」
カーチェスの拳が次々にソルダの体に当たる。
「テメェ……ハクスラだろう?こんだけ殴って穴の空かねぇ体はハクスラだ!」
「………だったらなんだよ?」
「いいサンドバッグだぜ!なぁ!筋肉ダルマ!」
セトはカーチェスの足場を少しだけ沈ませた。
ほんの少しバランスを崩すだけでも殴りにくくなる。
そう考えた。
「邪魔すんなっつーの!」
その一瞬の出来事をカーチェスは見逃さない。
消えるように間合いを詰めたカーチェスの蹴りがセトに当たる。
「ガッ……」
ガードというちゃんとしたものではない。
咄嗟に出した左腕にカーチェスの足が当たった。
身体強化は行なっていた。
それでも肺の中の空気を全て吐き出すほどの痛みだ。
吹っ飛んだセトはニトラのカプセルに激突して止まった。
左腕は完全に折れているのだろう。
ダラリと肘から下が垂れ下がっている。
「クソ……」
セトは意識を失いそうな痛みに耐えていた。
それまでの衝撃だろうか。
カプセルはひび割れ、ところどころ薬液が漏れている。
セトの後ろで、ニトラの目が開いた。




