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生贄の英雄 セト・ウォルカの物語  作者: 下山四郎
Disc02:少年期─魔族領─
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第129話 獣人の身体強化



「やぁやぁ皆の衆!苦しゅうない苦しゅうない!」


カーチェスと名乗った獣人は穴からゆっくりと歩いてくる。


「さぁてぇ〜?ニトラはどこだぁ?」


その姿は人間によく似た顔。

毛むくじゃらの身体。

そして太い角が額から後頭部にかけて伸びている。


「ヤギ……」


セトは思わず呟いた。


「カモシカだぁ!間違えんな!カス!」


その呟きを拾って、カーチェスはセトを指差して叫んだ。


「お、ニトラじゃん。バカだねぇ。こんな下らんとこに捕まってぇ」


カーチェスはカプセルの中のニトラを見つけた。

そして拳を振るった瞬間──


バァン!!


カプセルと部屋を隔てるガラスが割れた。


「バカな……これはただのガラスじゃないぞ」


壁が吹っ飛んだ衝撃で、地面に突っ伏していたフェネルが言う。


「このガラスは!この国の最大火力の兵器でやっと壊せるものなんだ!こんなこと!あり得ない!」


フェネルはカーチェスの拳を見て、尻もちのまま後ずさる。


「ふふん。そうかい。自慢のもんだった?ごめんねぇ、壊しちまった」


カーチェスはニヤニヤと笑っている。


「じゃ、ニトラは返してもらうぜぃ」


その時──


「おい!コラ!ヤギ!」


ソルダが叫んだ。


「相手してやるよ。坊っちゃんの邪魔すんじゃねぇ」


さらにその横でセトが指示を出す。


「ハーレイ、全員外に誘導しろ。まずはここの人間を逃がして戻ってこい」

「はいはい。俺も逃げたいんですけど」

「ダメだ。お前は治癒師だ。戻ってこい」


ハーレイは涙目になりながら、研究員たちに逃げるよう指示している。


一方、カーチェスの顔に青筋が浮かんでいた。


「カモシカだって言ってんだろうが……」


カーチェスが消える。

一瞬で間合いを詰めたカーチェスの拳が、ソルダを捕らえた。


骨の軋む音。

激しい炸裂音。

ソルダの体は宙を舞うように吹っ飛ぶ。

だが、着地には成功する。


「どうしたぁ!?そんなもんか!!喧嘩しようぜ!!」


ソルダも既に身体強化をしていたようだ。

ソルダも一瞬で間合いを詰めて、カーチェスに殴りかかる。

だが、その拳は空を切る。


「ふははは!どうしたぁ?そっちじゃねぇよ!」


ソルダはカーチェスのいない場所に拳を出していた。


「あらよっと!」


カーチェスの拳は正確にソルダを捕らえる。

ソルダは再び吹っ飛び、また間合いを詰める。

だが、ソルダは全く見当違いの場所に殴りかかる。


(何かがおかしい……)


その様子を見ていたセトは、ソルダの攻撃方向が間違っていることに気がついた。


「ソルダ!ヤギはお前の見えてる場所にはいない!」


セトはソルダに向けて言った。

だが、反応したのはカーチェスだ。


「カモシカだ!バカ野郎!」


その瞬間、ソルダの拳がカーチェスの顔面を捕らえた。


「いてぇな!ド畜生が!」


カーチェスは顔を押さえながら、ソルダを睨んだ。


「何回言ったらわかるんだ?俺様はカモシカ!そして!錯視のカーチェス様!理解したか!?」


錯視のカーチェスと名乗った。

確かにそう名乗った。


「ええ?筋肉ダルマ!テメェの目玉は使いもんになんねぇよ!そして!俺様は身体強化もしてる!テメェはタコ殴りの刑だ!」


カーチェスはソルダを指さした。


「その次はそっちのヒョロガキ!テメェだ」


そしてセトに向き直ってセトも指差した。

その時、もう一度ソルダの拳がカーチェスの顔を捕らえる。


「まだ喧嘩が終わってねぇだろうが!」


ソルダは咆哮とともに殴りかかるが、またしてもソルダの拳は空を切る。


「学習しねぇなぁ!筋肉ダルマ!」


カーチェスの拳が次々にソルダの体に当たる。


「テメェ……ハクスラだろう?こんだけ殴って穴の空かねぇ体はハクスラだ!」

「………だったらなんだよ?」

「いいサンドバッグだぜ!なぁ!筋肉ダルマ!」


セトはカーチェスの足場を少しだけ沈ませた。

ほんの少しバランスを崩すだけでも殴りにくくなる。

そう考えた。


「邪魔すんなっつーの!」


その一瞬の出来事をカーチェスは見逃さない。

消えるように間合いを詰めたカーチェスの蹴りがセトに当たる。


「ガッ……」


ガードというちゃんとしたものではない。

咄嗟に出した左腕にカーチェスの足が当たった。

身体強化は行なっていた。

それでも肺の中の空気を全て吐き出すほどの痛みだ。


吹っ飛んだセトはニトラのカプセルに激突して止まった。

左腕は完全に折れているのだろう。

ダラリと肘から下が垂れ下がっている。


「クソ……」


セトは意識を失いそうな痛みに耐えていた。


それまでの衝撃だろうか。

カプセルはひび割れ、ところどころ薬液が漏れている。


セトの後ろで、ニトラの目が開いた。


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