第128話 迷妄のカンセン
翌朝、セトたちは研究所に向かっていた。
メンバーはセト、ハーレイ、ソルダ、カダルの四人。
カダルは孫を連れ出してくれと言った。
そして、自身がこの国に残る決断をした。
王宮にはすぐに、カダルが残ることが伝えられた。
そしてカダルがこの国にいる間だけ、案内人として随行することも許可が出た。
「研究所は山奥にある。市街地とは離した場所にある」
カダルはそれだけ言うと、黙ってしまった。
魔動車の中は重苦しい雰囲気だ。
今日はソルダも馬を置いて、魔動車に乗り込んでいる。
研究所の入り口では、数人の研究員らしき人々が立っていた。
魔動車を降りた四人を彼らはマジマジと見る。
「カダル様、お待ちしておりました」
何人かがカダルに頭を下げた。
だが、カダルは居心地悪そうに腕を組んでいる。
その中から、一人の若い女性が歩み出る。
「本日、ご案内の役を仰せつかるサフラです。よろしくお願いします」
サフラと名乗った女性は、セトたちと握手をしていく。
そしてカダルの前で立ち止まった。
「おじいちゃん、ですよね?はじめまして。サフラです」
「……おう」
カダルは短く返事をした。
だが、どうやらカダルも満更でもないらしい。
少し耳が赤くなっているのを、ハーレイはバッチリ見ていた。
「それでは、ご案内いたします。ただ、本日のご用向きは迷妄のカンセンとのことでしたので、施設内での自由な行動はお控えください」
サフラは研究所の入り口を開くと、セトたちを招き入れた。
そこからは、一直線にカンセンが保管されている部屋に向かうのだろう。
数あるドアに目も向けず、白い廊下をスタスタと進んでいく。
(かなりデカいぞ。他の部屋には何があるんだ?)
セトは興味を引かれたが、ハビルタンにカンセンだけだと伝えた手前、その感情を押し殺すしかない。
「では、こちらが九従者の研究を行なっている部屋です」
サフラはそう言って一つの部屋のドアを開けた。
その部屋のガラス張りの向こうに、カプセルが二つ並んでいた。
「ようこそ、皆さん。サフラ、案内ありがとう。ここからは私が引き継ぐよ」
そう声をかけてきたのは、昨日カダルとモメていた男、フェネルだった。
「やぁ、父さん。戻ってきてくれるんだよね?ありがとう」
フェネルはカダルと握手をしようとするが、カダルは無視した。
「まぁ、いいか。これからは時間もあるからね」
そのカダルの態度にフェネルは苦笑いを浮かべる。
「えー、カンセンについて、だったよね?」
気を取り直したようにフェネルはセトに話しかけた。
「はい。カンセンの生死の確認をしに参りました」
「うん。カンセンはね、正面の右のカプセル。あれは死んでる」
フェネルは右のカプセルを指さした。
そのカプセルの中では、額に四本の角が生えた男性が液体に浮かんでいた。
体はあちこち傷だらけで、脇腹はえぐれ、背骨らしき骨が見える。
左腕は肘から下がなく、右腕はカマキリの鎌のような形状だ。
「酸素も魔素も供給されてない。防腐処理のための薬液に浸かってるだけなんだ」
「防腐処理?ですか?」
「そう。生命活動が停止してるからね。腐ったら研究できないでしょ?」
フェネルは何でもないことのように言う。
「カンセンの能力は迷妄。報告によると、視野の一部を書き換えて誤認させる能力ってあるね」
「その報告者、俺も読めますか?」
「ダメだよ、君にその権限はないんだ。僕が説明するのを聞いててね」
そう言ってフェネルは説明を始める。
カンセンの能力により、味方をカンセンと誤認した兵士が同士討ちを始め、味方の陣地を誤認した魔法士が味方に魔法を打ち込み、その戦闘は地獄絵図のようになった。
祭壇の御子は役に立たず、結局味方を巻き込む形で範囲魔法を連発し、味方諸共カンセンを討つに至った。
「こういうことらしいね」
(なるほど、それでヤサクルス湾の小島は祭壇というか、小島そのものに戦闘の跡があったのか)
「で、その遺骸を運んできて、それがこちらということですね?」
「そうなるね」
セトはガラスの前に立ち、カンセンの遺骸を見る。
確かにいたる所が傷だらけだ。
抉れて骨が見えている箇所もある。
「なるほど」
セトは一言呟く。
「これでご理解いただけましたか?」
フェネルはセトの顔を覗き込んだ。
「はい。これで報告を上げられます」
「結構。それは良かった」
フェネルは満足気に頷く。
「隣のカプセルは?」
セトの言葉に全員が左のカプセルを見る。
「ああ、あれは毒禍のニトラ。あっちは生きてますよ。興味あります?」
「ええ。九従者ですか?」
「はい。我が国の山に堕ちましたので、生け捕りにしてこうして研究しております」
別の従者もここにいる。
それはそれで聞いておく必要がありそうだ。
「そちらについても、お話を聞くことは可能ですか?」
「研究内容は話せませんよ?」
「いえ、どのような能力であるとか、戦闘の様子についてです」
「それならば、まぁ、詳細は話せませんが、いいですか?」
「かまいません」
そうしてフェネルはニトラについても簡単に説明する。
毒を体の中で生成する能力。
それは特定の個人に特化したものも作れる。
これによって戦場を混乱させて逃げようとしたが、生け捕りにしたとのことだった。
「なるほど。体が……どうやら、羽根があるように見えますが?」
セトはニトラのカプセルを見る。
女性の身体。
腕から脇腹にかけて薄い膜のような羽根のようなものが見える。
「ああ、彼女は獣人です。蝙蝠の獣人。それがニトラです」
(獣人の……従者?)
セトの知っている情報は、従者は全員一般人だったというもの。
獣人という話は聞いていなかった。
「あの──」
ズガァァン!
セトがフェネルに話しかけようとしたとき、部屋の壁が爆発したように砕け散った。
「はいはぁい!俺様はカーチェス!ニトラを返してもらうぜぃ!」
その爆発によってできた穴から、一人の獣人が中に入ってきた。




