第127話 カダルの決断
セトは王宮から出てくるとき、ハビルタンに言われた期限を思い出していた。
『明日の朝だ。太陽が昇るまでに回答を寄越せ。それを過ぎれば、貴様らは我が国の敵とみなす』
つまり国賊として標的にされる。
今逃げても明日の朝までに国境を出るのは無理だ。
(どう足掻いてもカダルを差し出すしかないか)
カダルを含めてたった四人。
その人数でこの国と戦争をしても勝ち目はない。
(始めからカダルを差し出させる流れだったってことか)
王宮の外に出て、魔動車に向かう。
そこにはカダルと話す一人の男性がいた。
「なぁ!父さん!戻ってこいよ!」
「うるせぇ!今のテメェが何言っても意味がねぇんだよ!」
「言ってることの意味がわからないよ!」
「じゃ向こう行け!テメェじゃ話になんねぇ!」
カダルのことを「父さん」と呼んでいる。
息子だろうか。
「父さん!なんでなんだよ!僕はやっとの思いで主席に任命されたんだ!父さんが戻ってきてくれたら、こんな心強いことないんだ!」
「バカ野郎!知るか!そんなこと!失せろ!」
まるで蹴り出すようにカダルはその男性を追い払った。
その様子を遠巻きに見ていたセトたちは、男性が去ったのを見てカダルに話しかけた。
「なぁ?あれは息子さんか?」
セトが後ろから話しかけたことで、カダルは少し驚いたようだ。
「あ?ああ、ありゃ息子だ。フェネルってんだがな、ありゃダメだ」
カダルは寂しそうな表情だ。
「事情はわからないが、こっちも面倒な話になった」
「ああ、そうか。とりあえず戻るか」
ホテルに戻り、カダルの部屋に再び全員が集合する。
「面倒な話ってのは、なんだ?」
部屋に入るなり、カダルはセトに問いかけた。
「お前をこの国に置いていくのが条件だそうだ」
「あ゛あ?」
「回答期限は明日の日の出まで。それを過ぎれば、全員国賊扱いだそうだ」
その言葉にカダルは眉を上げる。
「バカにしやがって」
「そうは言うがな、今から国境を越えるのは無理だ。期限までに回答しないわけにもいかない」
しばらく沈黙が流れた。
その場の雰囲気を変えるため、ハーレイがおどけてみせる。
「爺さんよ、さっきの男は息子だろ?もうちょっと優しそうにはできないのかねぇ?」
その言葉にカダルがハーレイを睨みつける。
「テメェ………なんの事情も知らねぇクセに……」
明らかに怒りの表情のカダルを、ソルダが宥めようとした。
「いや、バカが聞いちゃいけないこと聞いて悪かった。確かに家庭の話は知らないことだ。悪かった」
それでもカダルの表情は変わらない。
だが、「チッ」と舌打ちをして、カダルは話し出す。
「あいつは洗脳されてるんだ。ハビルタンにな」
洗脳。
確かに鏡像魔法を応用すれば可能だ。
九従者たちが使う手段と似ている。
「あいつの技術員としての腕は間違いねぇ。俺の息子だ。だが、ハビルタンにベッタリなんだよ」
その様子にセトが疑問に思ったことを言う。
「なぁ?お前はなんで、この国を出たんだ?」
ハーレイも、ソルダも、カダルを見ている。
カダルの表情は怒りとも悲しみとも取れる、複雑なものに変わった。
「お前たちはハビルタンを見たか?ありゃ俺の息子の体だ」
セトが思い返すハビルタンは、確かにカダルに似ていた。
「俺は息子をハビルタンに差し出した。奴は4000年間、他人の体を乗っ取って生きてきた。そういう奴なんだ」
かつて人々は転写魔法により不死を実現していた。
それは巫女の伝承にも語られる。
それが今尚続いている。
そういうことなのだろう。
「あれはな、俺の息子、さっきのフェネルの兄、ペルハの体だ。それがわかっていてもハビルタンにベッタリなんだ。わかるだろ?」
恐怖でもなく、嫌悪でもなく、従属できる。
心底は不明だが、その感情を常に隠し続けるのは難しい。
「だから洗脳だと?」
「そうだ。フェネルは俺がこの国を出るときについてこなかった。ハビルタンを尊敬してるんだと。情けない話だ」
カダルは一拍置いて、さらに続けた。
「俺が息子を差し出して、俺が国を捨てて、今度はまた俺だけ戻ってこいって話だ。笑えるだろ」
誰も答えられない。
「だがな、俺にも孫ができたらしい。さっきフェネルがな、娘がどうとか言いやがった。名前はサフラってんだそうだ」
カダルはそこで言葉を止めた。
「この国を出て20年以上だ。そりゃいろんなもんが変わるわな。その孫な、研究所の助手らしい」
カダルはセトの顔をじっと見る。
「なぁ、俺は置いていけ。代わりに孫を連れ出してくれないか?」
カダルはそう言うと、セトに頭を下げた。




