第126話 魔族という呼称
「ほぉ?」
ハビルタンは口元を歪めた。
顔を上げたのはセトだけだ。
「後ろの二人は顔を上げぬか。貴様がセト・ウォルカか?」
顔を上げたセトは、ハビルタンからの問いに答える。
「はい。私がセト・ウォルカにございます。私のみが御尊顔を拝謁に賜ります。従者二名については、無礼に当たりますので、このままで」
セトは鏡像魔法を応用していた。
目を見てそこから視神経を逆流するように脳細胞の動きを見る。
そしてそれを自身の目で見て、相手の考えや動きを察知するのが鏡像魔法。
(転写魔法はこの応用。これを使って自分の脳活動を相手に書き込む魔法。つまり、読ませなければいい)
セトは自分の視界に入る情報を意識的に絞った。
魔素が作用する余地を、できるだけ減らす。
(これで完全に防げるとは思わない。でも、何もせず見られるよりはマシだ)
「………そっち側では、禁呪のはずだが?」
ハビルタンは面白そうに言う。
「はい。事情がございまして、習得致しました」
セトも短く答えた。
転写魔法が使えるなら、鏡像魔法も使える。
それならセトがしたことにも気がついても不思議ではない。
「まぁ、いい。九従者、カンセンについての調査での来訪と申したな?」
ハビルタンは膝を組み、頬杖をついている。
「はい。教会本部よりその命を受けてこちらに参った次第でございます」
「ふん。………教会か。いけ好かな。貴様らの都合ばかりではないか」
「全く返す言葉もございません」
ハビルタンは不機嫌そうな顔をしている。
その表情の作り方は、やはりカダルによく似ていた。
「貴様らは、なぜ我らが魔族と呼ばれるか知っているか?」
「いえ。浅学の私にその知識はございません」
「我らはな、人なのだ。貴様らによって区別されただけだ」
ハビルタンは魔族の誕生について話し出した。
「人は我らの身体を弄った。魔素への適応力の獲得、そのための臓器の処理能力の向上のためにな。その人体実験に使われたのは、主に奴隷と呼ばれる身分の者たちだった」
ハビルタンの表情が消えていく。
「そして、人体実験の過程で生き残った者たちがいた。それが我らの祖先だ」
ハビルタンはしっかりとセトを見ている。
「さらにそれらの過程で廃棄された者もいた。我らは彼らと共に生きて、生態として固定された。それを貴様らは区別して魔族と呼び、そして蔑んだ」
人体実験。
奴隷。
セトは自分が生きてきた時代に、その制度を目にしていない。
「4000年以上前のことだ。知らぬも解らぬでもない。だが、忘れたとは言わせぬ。貴様らは、我らを人ではないと言い、出来損ないと呼んで見下した」
それが根底にあるものか。
セトにその責任はないにしても、ハビルタンはその人の為したことについて、セトに重ねているのかもしれない。
「獣人にしても同じだ。獣は獣として生体が成立している。それをあえて二足歩行にする意味があるか?ないだろう?」
セトは答えられない。
「それを貴様らはあえて二足歩行になるように体を弄った。そして動物たちすら実験として人に似せようとした。どこまでも貴様らの勝手でな」
どう答えても不正解になる。
そんな気がした。
「そして、目の前にいる貴様は、カンセンを調査させろと言う。4000年も経って、まだ貴様らは我らを奴隷か何かと勘違いしているのか?」
セトは表情を変えない。
その微妙なリアクションでさえ、この謁見では落とし穴になりかねない。
「滅相もございません。ですが、我らがかつて行ったことについて、私がお答えする立場にございません。お願い申し上げておりますカンセンの調査というのは、生死の確認のみでございます。陛下の致すことの邪魔になるような真似は致しません」
セトにはそう答えるのが精一杯だった。
余計なことはしない。
生死の確認が取れればいい。
「邪魔はせぬと?」
「はい」
ここでハビルタンはニヤリと笑った。
「貴様らはカダルを連れているな?」
「はい。案内人として、ですが」
「奴は元々この国の主席技術員だった。奴をこの国に置いていけ」
ハビルタンはもう一度言う。
「奴をこの国に置いていく。それが条件だ」
カダルは王宮に入らずに魔動車の中にいる。
入るのを嫌がったのだ。
「本人のいないところで、そのような決定はできません」
セトは一度その場を辞することにした。




