第113話 魔動車
馬車の改造はその後三日間続けられた。
ハンドルは左右の転回機能に加えて、運転者の魔素をエンジンに伝える役割を持たせた。
そのハンドルから伝わった魔素は、外部吸気からの魔素を補助として加え、魔結晶による制御部を通ってエンジンを動かす。
エンジンは四気筒。
圧縮された空気と魔素を反応によって、急激な膨張と押し出す力を発生させる。
回転数は足元のアクセルペダルによって可変され、制御される。
ブレーキは油圧式でこちらも足元のペダルだ。
タイヤは砂漠での利用を想定して幅広いもの。
後輪がやたらと大きく作られている。
想定速度は40km/時。
「とりあえず形になったか……」
セトは目の前のそれを見つめた。
それは、もはや馬車とは呼べなかった。
馬を繋ぐための部分はなくなり、御者台から前方へ張り出すように機関部が取り付けられている。
黒い鉄の塊。
いくつもの歯車と管が組み合わさり、その奥には四つの筒状の機関が並んでいる。
見た目だけなら、蒸気自動車に近い。
だが、蒸気は使わない。
魔素で動く。
「……本当に動くのか?」
ハーレイが少し離れたところから眺めていた。
「動くだろ」
セトは即答した。
「たぶん」
「たぶん!?」
「理論上は」
「坊っちゃん、それ一番怖いやつですよ!」
セトは答えず、運転席へ座った。
ハンドルに手を置く。
その瞬間、わずかに魔素が吸い込まれるような感覚があった。
「……動いてる」
魔結晶が淡く光る。
カダルが横から覗き込んだ。
「魔素の流れは問題ねぇ。あとは実際に動かしてみるしかねぇな」
「よし」
セトはアクセルへ足を乗せた。
「行くぞ」
動き出したそれは、急発進のようにグンッと進んだ。
「おっと!」
そしてブレーキを踏んだ瞬間に、ガクンッと止まる。
「思った以上にアクセルの感覚が難しいな……」
運転席でガクンガクンなっているセトを見て、ソルダが声をかけた。
「坊っちゃん、それ危なくないんですか?」
「大丈夫だと思う。もう一回」
(変速ギアを作れればいいんだろうけど……今は無理かな?)
慎重に足元のアクセルを踏み込んでいく。
先ほどよりもゆっくりと車体が動き出した。
ガチャガチャと歯車が噛み合い、車輪が回転する。
「おお……」
ハーレイが思わず声を漏らす。
馬はいないのに動いている。
セトは前方を見ながら、さらにアクセルを踏み込んだ。
車体が少しずつ速度を上げていく。
「……動く」
セトの口から、小さく言葉が漏れた。
理屈では分かっていた。
魔素を利用して、圧縮した空気を押し出す。
それによってピストンを動かし、回転運動へ変える。
頭の中では何度も組み立てていた。
けれど。
「本当に動いた……」
今、目の前で動いている。
セトは知らず知らずのうちに笑っていた。
「なんか、年相応っつーか、なぁ?」
ハーレイは笑ってソルダの方を向いた。
「楽しそうだな」
ソルダも笑っていた。
セトにそんな会話は聞こえない。
前を向いて運転に集中している。
「もう少し速度を上げる」
「待て、小僧」
カダルが声を上げる。
「まず曲がれるか確認しろ」
「それもそうか」
セトはハンドルをゆっくり回した。
車体が右へ向きを変える。
「……曲がる」
さらに回す。
「坊っちゃん!」
ソルダの声。
車体が思った以上に大きく旋回した。
「うわっ!」
セトが慌ててハンドルを戻す。
車体が大きく揺れた。
「危ねぇ!」
カダルが怒鳴る。
セトは慌ててブレーキを踏んだ。
ガクンッ!
車体が止まる。
全員が黙った。
「……」
「……」
「……今のは?」
ハーレイが聞く。
「試験だ」
セトは真顔で答えた。
「嘘つけ!」
カダルがセトに近づいていき、機関部に手をついた。
「操作にはまだ難はあるが、動くには動く」
「そうだな。改良の余地はある」
セトはカダルを見てそう返した。
「馬車じゃねぇ。馬がいねえ。汽車でもない。結局これはなんだ?」
セトは少し考えた。
「魔素で動く車だから……魔動車でいいだろ」
こうして試作段階ではあるものの、魔動車は完成した。
セトは完成した魔動車を見つめた。
これが何の役に立つのか。
本当に砂漠を越えられるのか。
そんなことは、まだ分からない。
それでもセトは、新しい玩具を与えられた子供のような顔をしていた。




