第106話 魔族領到着
20日の航海は、悪天候に見舞われて30日に延びた。
途中、戦火の及んでいないリキイル連合国の港街に立ち寄り、補給や休息なども行なったが、とても順調と言えるものではなかった。
セトは一人椅子に腰掛けていた。
セト専用の巨大な椅子。
船体と椅子を接続する部分にジャイロ機構を使って横揺れを強引に打ち消している。
その上にクッション性を強化するため、馬車の座面を応用して縦揺れを無理矢理最小限にした。
(まぁ、かなりマシだ。居心地は良くないが)
この椅子から離れれば船酔いが加速する。
だから離れられないが、椅子が巨大で、セト自身が尊大に見えてしまう。
見た目的な居心地は良くない。
セトは船室の窓から水平線を眺め、出航の日のことを思い出していた。
「マグナさんは、どうなったんでしょう?」
船に椅子を取り付け、いざ出発というところで、マグナがいないことを残念に思った。
また長くマグナに会うことはできない。
出航を見送るために、その場にいたラバエドは、申し訳なさそうに答えた。
「今回の西の島の祭壇の件は、君は当事者だ。知る権利はあるね」
そこで語られたのは、セトとしても不本意なものだった。
「まず、12年前の報告。これそのものの偽証の罪は、問われない。リュードに化けたマチスが行ったものだからね。でもね、武官30人のうち、六名が退役することになった」
重体二名に加え、その後四名が退役を申し出たという。
目の前で人が化け物に喰われるところを見て、恐怖で戦場に出れないと言ったそうだ。
「それに加えて後遺症とかでね、現在も17名が武官として在籍はしてるけど、職務には戻れていない」
精神的なものも含めて、武官が負った傷は大きかった。
「連れて行った30名のうち23名が現在離脱した状況だ。それを踏まえて、カーン司祭は武官としての立場を降格され、自由に君の傍に立つ立場ではなくなってしまった」
セトは俯いて、小さな声で「すみませんでした」と呟いた。
それ以上の言葉はなにも思いつかなかった。
「大丈夫だよ。彼の経験は捨て難い。一時的な降格だと思うし、すぐに元の立場に戻るだろうよ。何よりファーゴ大司教からの信任は厚い」
マグナは司教だった。
それをラバエドは「司祭」と呼んだ。
つまり降格は既にされたあと、ということだ。
「はぁ……」
セトのため息は船室に消える。
「おーい!!陸だ!見えたぞ!サラックだ!」
外で船員が叫んでいるのが聞こえた。
サラックは魔族領の港の中でも、人に対して比較的寛容であると聞いている。
(魔族ってどんな奴らなんだ?)
セトは漠然とイメージする。
だが、思いつくのは褐色の肌、歯には牙があり、人を食らう人外の生き物。
そんな山崎の記憶が偏見を加速させる。
養成院でも魔族についての講義はあった。
見た目は人と同じというが、本当だろうか?
「坊っちゃん、着きますよ」
ソルダに連れられて船首に向かう。
もう港は目の前。
そこで目にした人々は、やはり見た目には人と同じだ。
ただ、少しだけ日焼けして肌の色が黒いように見えるだけ。
別に耳は尖ってないし、目の数は人と同じ二つだけ。
身体の特徴も見た限りは人と変わらない。
「魔族って人と一緒じゃん」
「ん?まぁ、見た目はね。ただ信仰とかには違いがあったりしますよ」
ソルダがセトの言葉を拾って答えた。
「ラメント教ではない?」
「違いますね。このサラックは原典派という信仰になるんで、そこまでですけど、奥地の原理派は中々のものですよ」
ソルダは腕を組みながら、セトに説明している。
「知り合いがいるのか?」
「いません。父がハクスラから飛び出して放浪してるときに立ち寄ったと聞いてます。なんでも鉄の馬車が走るんだとか」
鉄の馬車?
……………え?
「鉄の馬車?」
「そうです。馬もいないのに、鉄の馬車が走ると」
それ、鉄道じゃねえの?
「マジか……」
セトは見てみたい気持ちを抑えられそうにない。
「そっちに行くの?」
「渡された地図では、おそらくその方向に向かうかと」
「早く行こう!」
港に着くなりセトは船を降りて、ハーレイとソルダに急ぐよう騒いだ。




