第100話 新たな密命
マチス討伐の翌日、セトは教会に呼ばれた。
そこで行われたのは、マチスの亡骸の検分。
「こちらの胴体の鱗は硬く、刃は入りませんでした。腕より伸びる触手の口内ならば、剣による傷が入るとソルダより報告があり、触手内部より電撃を加える術を考案、実行しました」
そこでは、セトによる詳細な戦闘時の様子も語られた。
「ただし、触手は一本ずつ動き回るため、その口内を狙うのは難易度が高く、やむを得ず既に捕食されていた武官を的として使用しました」
その報告に一部の者は眉をひそめた。
だが、誰もその行動をその場では咎めなかった。
淡々と進む戦闘の報告は、セトの説明、ハーレイとソルダによる、武官の救助作業報告をもって終了した。
「坊っちゃん、こちらへ」
報告が終わり、地下から階段で地上階に戻ると、マグナに案内されて教会の奥へと進む。
辿り着いた先はオルガ枢機卿と対面した部屋だった。
「オルガ枢機卿より、下命があります」
マグナの言葉に、セトは緊張感を高めた。
前回会ったときは、英雄の討伐を密命として言い渡された。
(どんな嫌なことを言われるだろうか)
セトはドアを開けた。
ギィ……と音を立てて開いたドアの先、講壇の上にオルガ枢機卿がいた。
セトと従者二名は、講壇の手前で跪く。
「助祭セト・ウォルカ、御前の召しにより、罷り越しました」
「ウォルカ助祭、ご苦労。西の島の出来事は遺憾ではあるが、お前の尽力により大事に至らずに済んだ。教会の名誉を守ったことについては、感謝を受けるに値する」
セトは何かしらの罰があると思っていた。
武官を的に使ったのだ。
人道や倫理を盾に、何か言われると思っていた。
「武官二名については残念ではあるが、戦場で起きたこと。お前の判断の正否に関わらず、結果的にそうなったというだけのこと。咎めぬ」
組織の判断……ということだろう。
そうなったという「だけ」というのが、引っかかった。
「それよりも重大な事実が浮き上がった。そちらの方が問題だ」
「…………」
「ふむ。お前は破壊を免れ、現存する祭壇が幾つあると聞いていた?」
「三つ、と聞かされておりました」
「そうだ。ストラス山と西の島、そして東方地域だ。ストラス山はまぁいい、お前の故郷だ。報告に間違いはないだろう。だが、西の島がこうなった以上、東方地域の祭壇の報告も疑うべきだと思うが、どう思う?」
「異存はありません。仰る通りかと」
頭を下げるセトには、オルガの表情は見えないが、うんうんと頷くようにしている雰囲気は伝わる。
「そこで、だ。ウォルカ助祭、お前に東方地域を見てきてもらいたい」
「東方……ですか?」
「そうだ。東方地域はファーゴ大司教の管轄外になる。後ほど東方を管轄する大司教を紹介しよう」
セトはそれよりもやりたい、というか行きたいところがあった。
「お受けしたいのはやまやまでございますが、私は一度里帰りをしたいと考えております」
「………ほぉ?」
一瞬にしてオルガの声色が威圧的なものに変わる。
「養成院を出てからここまで、一度も故郷に顔を出さず、卒業の挨拶すらしておりません。どうか、一度故郷の地を踏ませては頂けませんでしょうか」
部屋の中に冷たい沈黙が広がる。
昼間だというのに、冷え切ったような緊張感がその場を支配した。
「お前は、まだ12歳だったな」
「はい。先日12歳になりました」
「考えてみればまだ子どもだな。だが、子どもと言えども役目は役目。里帰りの後、東方へ向かえ」
「ありがとうございます」
セトは跪いた姿勢のまま、頭を下げた。
「船を使え。陸路より速い」
「船……でございますか?」
船酔いの記憶が蘇る。
それだけで吐きそうだ。
「遅れは許されん。里帰りは許可したのだ。最速で動け」
「…………承知いたしました」
「今より里帰りし、こちらに戻り次第東方管轄の大司教を紹介しよう」
「はい」
里帰りの許可が下りた喜びよりも、船酔いが嫌で仕方がない。
「45日程度でいいか?」
「え?」
「セト・ウォルカ助祭、命を下す。45日後をもって東方地域に向けて出発し、祭壇を確認及びその報告を行え」
(どうせ、断れないのはわかっていたことだ)
「………謹んで拝命致します」
そんな下命より、揺れない船を探すほうが重要だ。
おそらく、無いだろうが。




