第10話 ケメルの魔法初級講座
魔物騒動の翌日、セトはケメルの家を訪ねた。
「いい?ちゃんと挨拶するのよ?あの人は昔、王様の軍の隊長だった人なんだから」
エーコは、何度も繰り返しセトに言い聞かせた。
そのたびに、なぜか拳が握られる。
昨日の夜、父親の脇腹に二度も拳を叩き込んだのを見ているセトは、黙って頷いた。
「うん」
「ちゃんと聞いてる?」
「聞いてる」
「よろしい」
そうやって送り出されたセトは、ちょこんとケメルの家の食卓の椅子に座り、ケメルの講義を受けている。
「いいかい?セト。魔素は空気からも吸える。食べ物からも吸収できる。そして、アンタが吐き出す息とか汗とか、そういうものに混ざって外に出てくる」
(代謝?なのかな?)
「もちろんおしっこなんかにも混ざるよ。魔素ってのはね、便利なんだけど、毒なんだ」
「なんで毒なの?」
「魔素の毒はね、外に出さないと身体の中で固まるんだ。最初は小さな粒だね。それがそのうちに大きくなって、血の流れを止めるんだ」
「血の流れ?」
「アンタの体に血管があるだろう?そこには血が流れてる。魔素も溶けて流れてるんだよ」
「じゃ、魔法は使わないといけない?」
「使わな過ぎは良くないねぇ」
(母さんは?あんまり使ってない)
「母さんは、あんまり使ってないよ」
「エーコは別さ。あの子は魔素を血の中に溶かすのが少し苦手なんだ」
「なんで?」
「そういう体質なんだよ」
(病気?なのかな?)
「父さんは?」
「ゼラムはね、魔素を外に出して使うんじゃないんだ。身体の中で使ってしまうんだよ」
「なんで?」
「これも体質さ。身体に入れられる魔素が少ないからね。外に出すより、身体の中で使い切るようにしてるのさ」
(体質?僕は違うけどな)
セトは父と母の話を頭の中で整理した。
母は外に出すのが苦手。
父は身体の中で使う。
では、自分はどうなのだろう。
「じゃあさ、魔物は?」
「魔物?」
「うん。昨日の魔物は魔法を使ってなかったよ。でも、母さんは体の中に魔素が多いから食べられないって」
「あぁね。アンタはよく見てるねぇ。魔素は確かに多いよ。中には魔法を使う魔物もいる。でも大抵の場合、ゼラムみたいに内側で使い切るのさ」
「なんで?」
「魔法を使っていろいろやるより、体を強くしたほうが狩りはしやすいからねぇ。たぶんそういうことだよ」
セトは顎に手を当てて考えた。
(代謝なんだろうな?でも、そんな代謝機能知らない)
その思考がどこから来るのかはセト自身も知らない。
「じゃあ、魔法って身体の中で使うか、外に出して使うかの違いなの?」
「大雑把に言えば、そうだねぇ」
「じゃあ僕は?」
「……さあねぇ。ただ、一つ言えることはね、慣れないことをしようとすると、魔素は安定しないってことさね」
ケメルは人差し指を立て、セトにここからが重要という仕草をした。
「慣れないことをしようとすると、あれもこれもといろいろ考えるだろう?そうなると魔素は素直に反応しない。やることが多いからね」
「じゃ、どうするの?」
「魔法を使う人はね、特に得意なものをだいたい1人一つか二つ、なんにも考えなくても使えるように訓練するのさ。軍に入るようなら、尚更ね」
軍。
それが何かは知っている。
軍隊。
脅威から国を守り、他国に侵攻する組織。
「軍があるの?」
「あるよ。ここは辺境だからね、知らなくても仕方ない。ここはマクレラン王国の端の端。国境はストラス山で隔てられてるからね。魔物はともかく、他国が攻めてくる土地でもないのさ。軍がわざわざ駐在するような場所じゃないんだよ」
マクレラン王国。
知らない単語だった。
自分がどこかの国の国民という意識がない。
「じゃあ、実際に魔法を使ってみようか」
そう言うと、ケメルはセトを外に連れ出した。
外はもうすぐ太陽が中天に差し掛かる頃合い。
昨日の雨とは打って変わっての快晴だ。
「魔素の流れは、わかるかい?身体の中、体の周り、そのまた外側」
セトは意識を集中させる。
「身体の右の脇腹辺りを意識するといい」
身体の右の脇腹……
肝臓、かな?
「身体に入った魔素はそこから血に混ざる」
肝臓から、血に混ざる……
全身に……
「魔素は汗や息に混ざって外に出る」
血管から、汗……
肺から、息……
「火を出してみようか?」
火……
燃焼……
可燃物、酸素、熱……
酸素は空気の中……
可燃物は…なんでもいいか……
必要な熱を加える……
原子の運動……
摩擦熱……振動だな……
セトが指を指すと、庭先に火柱が立った
「……セト。アンタ、今なにが見えてた?」
これは魔法を使いこなす、という形ではない。
少なくとも、ケメルが知っている魔法の使い方ではなかった。




