7
数日後、灯は叔母にそれとなく尋ねてみた。
「戦後すぐの牧師さんって、どんな人やったと?」
夕食の支度をしながら、叔母は少し手を止めた。
「どうして急にそんなこと聞くとね」
「ちょっと気になって」
灯がそう答えると、叔母は曖昧に笑った。
「静かな人やったよ。優しくて、町の人の話をよう聞いとった」
「結婚は、しとらんやったと?」
叔母は一瞬だけ灯を見た。
「しとらんね。ずっとひとりやった」
「理由は?」
「……さあねえ…ただ誰かを待っるって聞いたことはあるけど、私の親世代は誰も語らんやった」
包丁の音が少し強くなる。
灯は違和感は残った。
町の人なら、誰かしら事情を知っていてもおかしくない。
それなのに、誰も詳しく語らないし、知らない。
翌日、灯は再び教会を訪れた。
受付にいた年配の女性に声をかける。
「あの、昔の記録をもう少し見せてもらえませんか」
「研究でもしよると?」
「そんなたいしたものじゃないです」
笑ってごまかすと、女性は倉庫の奥から古い箱を出してくれた。
「整理されとらんけんね。自己責任よ」
灯は礼を言い、静かな礼拝堂の隅で箱を開けた。
中には古い手紙や写真が無造作に入っている。
町の行事の写真。
子どもたちと写る牧師。
穏やかな笑顔。
どの写真にも、牧師は必ず少しだけ距離をとって立っている。
誰かと肩を並べることはない。
灯は一枚の写真に目を止めた。
若い男性たちが港で撮られたものだ。
背景は見慣れた石段。
その中に、見覚えのある横顔があった。
心臓が強く打つ。
湊に似ている。
いや、似ているというより——そのものだ。
日付は、戦前。
裏には短く書かれている。
『出征前』
灯は写真を握る。
この中の誰かが、帰らなかった。
そして、牧師の記録には戦後すぐに着任とある。
年齢は、合う。
偶然にしては、出来すぎている。
灯は深く息を吐いた。
確証はない。
けれど、仮説は形になり始めている。
教会を出ると、湊はいつもの場所にいた。
「今日は長かったな」
穏やかな声。
灯は写真を出すのを一瞬ためらう。
だが、隠しても意味はないと思った。
「これ、教会にありました」
湊の視線が写真に落ちる。
その瞬間、表情がわずかに変わった。
「……どこで」
「倉庫です。出征前って書いてあります」
湊は写真を受け取らない。
ただ、じっと見つめる。
「懐かしか」
その声は、低い。
灯は静かに言う。
「この中に、湊さんはおると?」
数秒の沈黙。
やがて、湊は小さく頷いた。
「おる」
否定しない。
初めて、過去をはっきり認めた。
灯は続ける。
「待っとった人も、この町におったとですよね」
湊の眉がわずかに動く。
「……なんで、そこまで聞く」
責めるようではない。
ただ、困惑している。
灯は写真を握りしめる。
「忘れられてなかったかもしれんけん」
湊は目を伏せる。
「やめとけ」
低い声。
「それを知ったところで、何も変わらん」
「変わります」
灯ははっきり言った。
「湊さんが、自分を罰せんでよくなる」
その言葉に、湊ははっきりと動揺した。
初めて見る表情だった。
「罰なんて、受けとらん」
「教会に入らんのは?」
湊は答えない。
灯は続ける。
「名前が残っとらんのは、誰かが消したからかもしれん」
その瞬間、空気が変わった。
湊がゆっくり顔を上げる。
「消した?」
灯も、自分で言って驚いた。
けれど可能性はある。
同性愛が公に許されなかった時代。
教会という場所。
もし二人の関係が知られたら。
記録から消されることも、ありえない話ではない。
湊はかすかに首を振る。
「……あの人は、そんなことせん」
“あの人”。
灯の胸が強く鳴る。
今、確かにそう言った。
湊は気づいたのか、口を閉ざす。
灯は静かに問いかける。
「どんな人やったとですか」
湊は答えない。
代わりに、港を見る。
その横顔は、これまででいちばん人間らしかった。
灯は思う。
もうすぐ辿り着く。
忘れられていなかった証に。
そして、湊が自分を許すための理由に。




