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瞳に映る坂の街  作者: 橘かすみ


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7/11

7

数日後、灯は叔母にそれとなく尋ねてみた。


「戦後すぐの牧師さんって、どんな人やったと?」


夕食の支度をしながら、叔母は少し手を止めた。


「どうして急にそんなこと聞くとね」


「ちょっと気になって」


灯がそう答えると、叔母は曖昧に笑った。


「静かな人やったよ。優しくて、町の人の話をよう聞いとった」


「結婚は、しとらんやったと?」


叔母は一瞬だけ灯を見た。


「しとらんね。ずっとひとりやった」


「理由は?」


「……さあねえ…ただ誰かを待っるって聞いたことはあるけど、私の親世代は誰も語らんやった」


包丁の音が少し強くなる。


灯は違和感は残った。


町の人なら、誰かしら事情を知っていてもおかしくない。


それなのに、誰も詳しく語らないし、知らない。


翌日、灯は再び教会を訪れた。


受付にいた年配の女性に声をかける。


「あの、昔の記録をもう少し見せてもらえませんか」


「研究でもしよると?」


「そんなたいしたものじゃないです」


笑ってごまかすと、女性は倉庫の奥から古い箱を出してくれた。


「整理されとらんけんね。自己責任よ」


灯は礼を言い、静かな礼拝堂の隅で箱を開けた。


中には古い手紙や写真が無造作に入っている。


町の行事の写真。


子どもたちと写る牧師。


穏やかな笑顔。


どの写真にも、牧師は必ず少しだけ距離をとって立っている。


誰かと肩を並べることはない。


灯は一枚の写真に目を止めた。


若い男性たちが港で撮られたものだ。


背景は見慣れた石段。


その中に、見覚えのある横顔があった。


心臓が強く打つ。


湊に似ている。


いや、似ているというより——そのものだ。


日付は、戦前。


裏には短く書かれている。


『出征前』


灯は写真を握る。


この中の誰かが、帰らなかった。


そして、牧師の記録には戦後すぐに着任とある。


年齢は、合う。


偶然にしては、出来すぎている。


灯は深く息を吐いた。


確証はない。


けれど、仮説は形になり始めている。


教会を出ると、湊はいつもの場所にいた。


「今日は長かったな」


穏やかな声。


灯は写真を出すのを一瞬ためらう。


だが、隠しても意味はないと思った。


「これ、教会にありました」


湊の視線が写真に落ちる。


その瞬間、表情がわずかに変わった。


「……どこで」


「倉庫です。出征前って書いてあります」


湊は写真を受け取らない。


ただ、じっと見つめる。


「懐かしか」


その声は、低い。


灯は静かに言う。


「この中に、湊さんはおると?」


数秒の沈黙。


やがて、湊は小さく頷いた。


「おる」


否定しない。


初めて、過去をはっきり認めた。


灯は続ける。


「待っとった人も、この町におったとですよね」


湊の眉がわずかに動く。


「……なんで、そこまで聞く」


責めるようではない。


ただ、困惑している。


灯は写真を握りしめる。


「忘れられてなかったかもしれんけん」


湊は目を伏せる。


「やめとけ」


低い声。


「それを知ったところで、何も変わらん」


「変わります」


灯ははっきり言った。


「湊さんが、自分を罰せんでよくなる」


その言葉に、湊ははっきりと動揺した。


初めて見る表情だった。


「罰なんて、受けとらん」


「教会に入らんのは?」


湊は答えない。


灯は続ける。


「名前が残っとらんのは、誰かが消したからかもしれん」


その瞬間、空気が変わった。


湊がゆっくり顔を上げる。


「消した?」


灯も、自分で言って驚いた。


けれど可能性はある。


同性愛が公に許されなかった時代。


教会という場所。


もし二人の関係が知られたら。


記録から消されることも、ありえない話ではない。


湊はかすかに首を振る。


「……あの人は、そんなことせん」


“あの人”。


灯の胸が強く鳴る。


今、確かにそう言った。


湊は気づいたのか、口を閉ざす。


灯は静かに問いかける。


「どんな人やったとですか」


湊は答えない。


代わりに、港を見る。


その横顔は、これまででいちばん人間らしかった。


灯は思う。


もうすぐ辿り着く。


忘れられていなかった証に。


そして、湊が自分を許すための理由に。

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