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瞳に映る坂の街  作者: 橘かすみ


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3/11

3

昼過ぎ、台所に立つと、叔母は味噌を溶いていた。


「灯、暇なら買い物行ってきてくれん?」


差し出された小銭。


断る理由もない。


商店街は昔より静かだった。


顔なじみの店も、半分はシャッターを下ろしている。


変わった街。


変わらない坂。


帰り道、港が見えた。


無意識に足が止まる。


あの日のことを、思い出そうとする。


濡れた匂い。

泣き声。

誰かの手。


けれど、そこから先が霞む。


「灯?」


背後から声。


振り返ると、従兄が立っていた。


「港、好きやなかろ」


からかうような口調。


灯は首を振る。


「好きやなかよ」


従兄は少し黙る。


それから、ぽつり。


「……あんまり近づかん方がよか」


「どうして」


「別に。なんとなく」


視線が泳ぐ。


灯はまっすぐ見る。


「事故のこと?」


その瞬間、空気が止まる。


従兄は眉を寄せる。


「思い出したん?」


「….」


「俺は覚えとるよ」


灯の胸がざわつく。


「何を」


従兄は目を逸らす。


「……覚えとる」


それだけ言って、歩き出す。


灯はその背中を見つめる。


“何を”覚えているのか。


両親が亡くなったのは、海難事故。


そう聞かされている。


嵐でもなかった。


船でもなかった。


ただ——


足を滑らせた、と。


二人同時に?


胸の奥が冷える。


夜、食卓。


灯は何気ないふりで口にする。


「事故の日って、雨やったっけ」


叔母の箸が止まる。


ほんの一瞬。


「……急にどうしたと」


「なんとなく」


味噌汁を置く音が、少し強い。


「昔のことやろ」


笑う。


けれど目が笑っていない。


「もうええやろ。」


“終わった話”という響き。


灯は頷く。


それ以上は言わない。


でも、確信する。


この家は、


事故の話を避けている。


触れてはいけないもののように。


夜、布団の中。


眠れない。


ふと、思う。


湊は言った。


——あの日も、雨やった。


誰の、あの日?


灯の記憶は曖昧だ。


けれど、湊の声ははっきりしている。


まるで、見ていたみたいに。


胸がざわつく。


安心と、不穏が混ざる。


翌朝。


また坂を上る。


聞きたいことがある。


でも、


聞いてしまったら戻れない気もする。


石段の上に、


今日も湊は立っていた。


港を見下ろしている。


まるで、


ずっとそこにいるみたいに。


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