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瞳に映る坂の街  作者: 橘かすみ


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2/11

2

翌朝も、灯は目が覚めた。


まだ暗い。


叔母の家は静まり返っている。


布団の中で天井を見つめる。


仕事をしていた頃と同じように眠れないのに、

焦りはもうない。


代わりに、あの声が思い出される。


——朝は、静かでよか。


灯は静かに家を出た。


坂を上る。


息が白い。


石段を登りきると、やはりそこにいた。


港を見下ろす背中。


朝焼けの色に溶け込みそうな横顔。


「今日も、早かね」


灯は小さく笑う。


「眠れんだけです」


湊は頷く。


それ以上は聞かない。


その距離が、心地いい。


しばらく並んで街を見下ろす。


屋根の連なり。

港に浮かぶ船。

朝靄。


灯はぽつりとこぼす。


「ここ、追い出す街やと思っとった」


湊は目を細める。


「どうして」


「坂ばっかりで、息切れて。

 早よ出て行きたかった」


湊は少しだけ笑う。


「送り出す街やけん」


灯は顔を上げる。


「送り出す?」


「港があるやろ。

 みんな、ここから出ていく」


湊の視線は遠い。


「戻ってくる人もおる」


その声は、どこか願いのようだった。


灯は胸の奥がひりつくのを感じる。


「戻らん人も、おる」


ぽつりと落とす。


湊は黙る。


風が吹く。


しばらくして、湊が言った。


「ここはな、よう泣く場所や。あんたも泣いとった。」


灯の鼓動が揺れる。


「見とったけん」


その言葉に、体が固まる。


「……いつの話ですか」


湊は港を見たまま言う。


「あの日も、雨やった」


喉が乾く。


灯は、小学生の自分を思い出す。


港。

濡れた桟橋。

泣き声。

波の音。


「大事な人を、送り出す日やった」


湊の声は静かだ。


灯は問いかける。


「湊さんは、誰ば送り出したと」


初めて、湊の目が揺れた。


ほんのわずか。


「……帰ってくるはずやった」


それだけ。


答えにはなってないが、

それ以上は言わない。


けれどその声には、

長い時間が滲んでいた。


灯は思う。


この人は、

ずっとここに立っているみたいだ、と。


「湊さん」


名前を呼ぶ。


でも湊は、灯を見ない。


遠い港を見ている。


湊の中には灯ではない誰かがいる。


それがわかる。


胸が、少しだけ静かに痛む。


そのとき、教会の鐘が鳴った。


朝の光が強くなる。


湊の輪郭が、淡くなる。


灯は息をのむ。


「……湊さん?」


振り返る。


そこにはもう、誰もいない。


ただ、朝焼けだけが広がっている。


灯は立ち尽くす。


怖くない。


むしろ——


置いていかれたような、さみしさ。


そして、確信。


——また、会える。


坂を下りながら、灯は思う。


この街は、追い出す街じゃない。


送り出す街。


けれど、


誰を、

どこへ、

送り出すのか。


その答えは、まだ見えない。

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