第7話 それぞれの部屋へ
「それでは、皆様。どうぞ中へ」
久世さんに促され、俺たちは屋敷の中へ入った。
「……うわ」
最初に声を漏らしたのは奈緒だった。
俺も思わず足を止める。
広い。
正面には二階へ続く大きな階段があり、その上まで吹き抜けになっている。
高い天井からは大きな照明が下がり、磨かれた床にはその光が反射していた。
左右にはそれぞれ長い廊下が伸びている。
「すげえ……」
高志が天井を見上げる。
「これ、家の中だよな?」
「俺に聞くなよ」
「お前んちだろ」
「だから、俺もこんなの知らないって」
大野先輩も辺りを見回した。
「ホテルみたいだな」
「ホテルっていうか、下手なホテルよりすごくないですか?」
高志が言う。
そのとき、神谷先輩が何か思い出したように笑った。
「そういや、さっきこれ見て『玄関』って言ってたやつがいたな」
「あっ」
奈緒の顔が固まった。
千夏がすぐに吹き出す。
「あー、いたいた」
「もういいじゃないですか!」
奈緒の頬がまた赤くなる。
「だって、こんなの普通は玄関って言うじゃないですか!」
「普通の家ならな」
神谷先輩が笑う。
「これだけでかいと、さすがに玄関って感じじゃないだろ」
「エントランスなんて言い方、私だって今日初めて聞きましたよ!」
「開き直った」
千夏が笑った。
「もう、いじめないでくださいよ!」
奈緒が恥ずかしそうに言う。
「別に玄関でもいいだろ」
俺が言うと、奈緒がぱっとこっちを見る。
「ほら!」
「お坊ちゃんが庶民側についた」
高志が言った。
「まだそれ言ってんのかよ」
「違った。今は若様だったな」
「やめろ」
また笑い声が上がった。
その間に、先ほど扉の前に並んでいた使用人たちも中へ入ってきていた。
右に四人。
左に四人。
改めて見ると、やっぱり多い。
久世さん以外は比較的若く見える。
そのうちの一人が、俺たちの前へ進み出た。
「皆様、お荷物をお預かりいたします」
「え?」
高志が自分の荷物を見る。
「いや、大丈夫です。自分で持てます」
「私も大丈夫です」
千夏もすぐに答える。
「私も」
奈緒も自分のバッグを抱えた。
大野先輩と神谷先輩も、それぞれ首を横に振る。
「このくらいなら自分で持てますから」
「俺も大丈夫です」
誰一人、荷物を渡そうとしない。
使用人のほうが少し困ったように立っていた。
すると。
「ほら」
奈緒が急に笑い出した。
「何?」
千夏が見る。
「みんな、こういう扱いに全然慣れてないじゃん」
「は?」
「使用人さんに荷物持ちますって言われて、全員『大丈夫です』って」
奈緒が得意そうに周囲を見る。
「結局みんな、私と同じ一般庶民ですよね」
「あ」
千夏が言葉に詰まった。
「さっき私のこと、庶民丸出しって笑ったくせに」
「いや、これは別でしょ」
「何が違うの?」
「荷物くらい自分で持てるし」
「それが庶民なんじゃない?」
「奈緒、根に持ってるでしょ」
「仕返しです」
奈緒が笑う。
「素直だな」
大野先輩が笑った。
「でもまあ、確かに慣れてないな」
神谷先輩も自分の荷物を見る。
「こんなのホテルでも自分で持っていくし」
「ですよね!」
奈緒が嬉しそうに言った。
そんなやり取りをしていると、高志が手にしていた箱を見た。
「……でも、これだけはお願いしていいですか?」
ビールの箱だった。
「あ、それなら俺のも」
俺も抱えていたもう一箱を下ろす。
ここまで坂道を運んできたせいで、腕が結構疲れていた。
「かしこまりました」
久世さんが頷く。
そして、近くにいた二人の使用人へ視線を向けた。
「こちらはグレートホールへお運びしておきなさい」
「かしこまりました」
二人がそれぞれ俺と高志からビールの箱を受け取った。
「グレートホール?」
高志が聞き返す。
「はい」
久世さんが答える。
「後ほど、皆様をご案内いたします」
「何かあるんですか?」
「お食事とお飲み物をご用意しております」
「え?」
奈緒が驚いた。
「食事まで?」
「皆様がお越しになると伺っておりましたので、ささやかではございますが、ご用意させていただきました」
「ささやかって……」
高志が俺を見る。
「お前、食い物ないかもしれないって言ってなかった?」
「俺も知らなかったんだよ」
「俺たち、スーパーであんなに買ったよな?」
「買ったな」
「ビール二箱、坂道登って持ってきたよな?」
「一箱は俺も持っただろ」
「そういう問題じゃねえよ」
「あとで飲めばいいだろ」
「それは飲む」
「じゃあいいじゃん」
みんなが笑った。
「それでは、まず皆様をお部屋へご案内いたします」
久世さんが言った。
「一階と二階に客室がございます。本日お越しの皆様には、それぞれお一部屋ずつご用意しております」
「一人一部屋ですか?」
千夏が聞く。
「はい」
「一人一部屋……」
奈緒が目を丸くする。
「本当にホテルみたい」
「なお、藤崎様と松田様のお部屋もすでにご用意しております」
「あ、二人はあとから来ます」
俺が言う。
「承知しております。旦那様より伺っております」
そこまでちゃんと伝わっているらしい。
「若様には、以前お使いになられていたお部屋をご用意しております」
「俺が使ってた部屋?」
「はい」
「まだあるんですね」
「もちろんでございます」
「どこにあるんですか?」
「三階でございます」
「三階……」
そんなところに自分の部屋があったらしい。
まったく覚えていない。
「後ほど、私がご案内いたします」
「分かりました」
「皆様も、お部屋でお荷物を置かれましたら、再びこちらへお戻りください」
久世さんがエントランスを示す。
「皆様がお揃いになりましたら、グレートホールへご案内いたします」
久世さんが軽く頭を下げる。
それを合図に、使用人たちが動き始めた。
「田野様、こちらへどうぞ」
「あ、はい」
「佐倉様はこちらでございます」
「お願いします」
「木村様は二階のお部屋となっております」
「分かりました」
一人ずつ使用人が付き、それぞれ別の方向へ案内されていく。
結局、ビールの箱以外の荷物は、みんな自分で持ったままだ。
「じゃあ、あとでな」
高志が手を上げた。
「ああ」
「若様も迷うなよ」
「お前が迷え」
高志が笑いながら使用人についていく。
奈緒たちも、それぞれ自分の部屋へ向かっていった。
さっきまで賑やかだった広いエントランスから、少しずつ人がいなくなっていく。
俺のそばには久世さんが残った。
「それでは、若様」
「はい」
「お部屋へご案内いたします」
「あ、お願いします」
俺は久世さんの後について歩き出した。




