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黄金の約束  作者: ハイエント
第一章 黄金の屋敷

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第6話 お帰りなさいませ、若様

 

 門をくぐった俺たちは、屋敷へ向かって歩き始めた。


「……広くない?」


 奈緒が周囲を見回した。


 門から屋敷の正面までは、思っていたよりずっと距離がある。


 幅の広い石畳がまっすぐ伸び、その両側には綺麗に手入れされた庭が広がっていた。


 形を整えられた庭木。


 色とりどりの花が咲く花壇。


 少し離れた場所には噴水まで見える。


「庭だけで普通の家何軒分あるんだよ」


 高志が呆れたように言った。


「俺に聞くなよ」


「お前んちだろ」


「だから俺の家じゃないって」


「もうそれ無理あるだろ」


 千夏が笑う。


 大野先輩も庭を眺めながら歩いていた。


「門のところもカメラだらけだったし、何人か常駐してるんだろうな」


「この庭、一人じゃ絶対無理ですよね」


 奈緒が言った。


「毎日手入れしないと、こんな綺麗にならないでしょ」


「弘、何人くらいいるの?」


 千夏が俺を見る。


「だから全然知らないんだって」


「自分の家なのに?」


「十年ぶりなんだから仕方ないだろ」


「それ、今日何回目?」


「俺が聞きたいよ」


 みんなが笑った。


 奈緒はまだ庭を眺めている。


「庭師とかもいるのかな」


「いるんじゃない?」


 千夏が答える。


「これ全部、普通の管理だけでどうにかなる広さじゃないでしょ」


「専属だったりしてな」


 神谷先輩が言う。


「さすがお坊ちゃん」


 高志が俺を見る。


「何でそこで俺を見るんだよ」


「お前んちだから」


「だから違うって」


「はいはい」


「絶対分かってないだろ」


 俺も笑いながら、ビールの箱を抱え直した。


 歩いても歩いても、屋敷はまだ少し先だった。


「門から遠すぎだろ……」


 高志がぼやく。


「金持ちって、ここ歩かせるの?」


「知らねえよ」


「車で入ってくる前提なんじゃない?」


 神谷先輩が言った。


「ああ、確かに」


 高志が納得したように頷く。


「お坊ちゃんは普段、目の前まで車で乗りつけるんだな」


「誰がお坊ちゃんだよ」


「お前以外に誰がいるんだよ」


「だから、俺だって今日初めて知ったことばっかりなんだって」


 そんな話をしながら進んでいるうちに、屋敷がさらに大きく見えてきた。


 白い外壁。


 黒い屋根。


 高い窓。


 正面には何本もの太い柱が並んでいる。


「あ、玄関見えてきたよ」


 奈緒が前を指さした。


 その言葉に、神谷先輩が笑う。


「佐倉。あれを玄関って呼ぶのは、さすがにちょっと違うんじゃない?」


「え?」


「ここまで来ると、エントランスだろ」


「あ……」


 奈緒が一瞬黙った。


 頬が少し赤くなる。


 それを見た千夏がすぐに吹き出した。


「奈緒、庶民丸出し」


「何よ!」


「玄関って」


「千夏だって絶対そう思ったでしょ!」


「私はちゃんとエントランスだと思ってました」


「嘘つけ!」


「本当だって」


「じゃあ何で今まで黙ってたのよ!」


「言う必要なかったから」


「絶対今知ったでしょ!」


 二人が言い合うのを見て、みんなが笑った。


「別に玄関でも通じるだろ」


 俺が言うと、奈緒がすぐにこっちを見る。


「ほら!」


「さすがお坊ちゃん。庶民にも優しいな」


 高志が言った。


「お前、さっきからそれ気に入ってるだろ」


「似合ってるぞ、お坊ちゃん」


「似合ってねえよ」


 また笑い声が上がった。


 俺も笑いながら正面へ目を向ける。


 そして。


「……ん?」


 足が止まった。


 屋敷の大きな扉の前に、人が並んでいた。


 一人や二人じゃない。


 扉を挟むように、左右に四人ずつ。


 合計八人の男女が、きちんとした服装で整然と並んでいる。


 全員、姿勢をまっすぐ伸ばしていた。


 そして、その中央。


 扉の正面に、一人の年配の男が立っていた。


 白髪を綺麗に整え、黒いスーツを着ている。


 ほかの使用人たちより明らかに年上だったが、背筋はまっすぐ伸びていた。


「……おい」


 高志が小声で言う。


「何だよ、あれ」


「俺に聞くなよ」


「使用人だよな?」


「たぶん」


「また、たぶんかよ」


 奈緒と千夏も、並んでいる人たちを見て目を丸くしている。


「何人かいるとは思ったけど……」


「まさか並んで待ってるとは思わないよね」


 大野先輩と神谷先輩も顔を見合わせた。


「勝田」


 神谷先輩が俺を見る。


「お前、本当に何者なんだよ」


「普通の大学生ですよ」


「普通の大学生は、こんな出迎えされないだろ」


「俺も知らないんですって」


 正直、俺の方が聞きたかった。


 門にいくつも付いていた監視カメラ。


 綺麗に手入れされた広い庭。


 そして今度は、入口に並ぶ大勢の使用人。


 親父から、屋敷を管理している人間がいるとは聞いていた。


 でも、こんな規模だなんて聞いていない。


「……とりあえず、聞いてくる」


 俺はみんなにそう言って、中央に立つ年配の男へ近づいた。


 俺が数歩先へ出る。


 男はこちらへ身体を向けた。


 そして俺が前まで来ると、静かに頭を下げた。


「あの、すいません」


 俺はポケットから、親父にもらった鍵を取り出した。


「俺、勝田弘です。父親からここの鍵を預かってきたんですけど……」


「はい」


 男は穏やかに頷いた。


「お待ちしておりました」


「あ、やっぱり話は聞いてるんですね」


「もちろんでございます。旦那様より、皆様がお越しになることは伺っております」


「よかった」


 少し安心する。


 門まで来ておいて今さらだけど、ようやく話の分かる人に会えた気がした。


「ご挨拶が遅れました」


 男がもう一度、軽く頭を下げる。


「こちらの屋敷を任されております、久世と申します」


「久世さん」


「はい」


 どうやら、この人が屋敷の使用人たちを取りまとめているらしい。


「俺、昔ここに来たことがあるんですけど……久世さんはその頃から?」


「はい」


「え、そうなんですか?」


「前回、こちらへお越しになられた際にも、お仕えしておりました」


「……全然覚えてないな」


「当時はまだ、お小さかったですから」


「まあ……十年くらい前ですもんね」


「ええ。そのくらいになります」


 十年前にも、この人はここにいた。


 そう聞いても、やっぱり顔にはまったく覚えがない。


 子供の頃のことだし、そんなものなのかもしれない。


 いつの間にか、高志たちも俺のすぐ後ろまで来ていた。


 話の内容が気になったらしい。


 奈緒や千夏も、久世や左右に並ぶ使用人たちを興味深そうに見ている。


「それで、この鍵は……」


 俺が手の中の鍵を見せようとした、そのときだった。


 久世が姿勢を正した。


 そして。


 深々と頭を下げる。


 ほとんど同時に、扉の左右に並んでいた八人の使用人たちも、一斉に頭を下げた。


「お帰りなさいませ、弘若様」


「……え?」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。


 すぐ後ろも静かになっている。


 振り返る。


 みんなが俺を見ていた。


 高志は、今にも吹き出しそうな顔をしている。


「……若様?」


 俺が聞き返す。


「はい」


 久世は何でもないことのように答えた。


 その瞬間。


「若様」


 高志が言った。


「やめろ」


「お坊ちゃんから昇格したな」


「昇格じゃねえよ!」


「弘若様」


 千夏が笑う。


「お前まで呼ぶな!」


「でも本当に若様だったんだね」


 奈緒も笑っている。


「違うって。俺も今初めて聞いたんだから」


「若様なのは否定しないんだ?」


「そういう意味じゃねえよ!」


 大野先輩まで笑い出した。


「いやあ、勝田じゃなくて若様だったか」


「先輩までやめてくださいよ!」


「これはもう、若様だな」


 神谷先輩も頷く。


「何でみんな乗るんですか!」


 笑い声が広がる。


 俺はもう一度、久世を見る。


 若様。


 弘若様。


「……」


 何というか。


 思っていたほど、悪い響きじゃない。


 大勢に頭を下げられてそう呼ばれると、少しくらい気分がよくなるのも仕方ない気がする。


「おい」


 高志が俺の顔を覗き込んだ。


「何だよ」


「今、ちょっと喜んだだろ」


「喜んでねえよ」


「いや、喜んだ」


「喜んでない!」


 千夏が俺の顔を見る。


「あ、でもちょっと照れてる」


「照れてねえよ!」


「ほら、照れてる」


 奈緒まで笑う。


「だから違うって!」


 高志がニヤリと笑った。


 そして、周りを見る。


「せーの」


「おい、ちょっと待て」


 嫌な予感がした。


 けれど、遅かった。


「若様」


「若様」


「若様」


「若様」


 高志だけじゃない。


 奈緒も千夏も、大野先輩も神谷先輩も。


 みんなが重なるように俺を呼ぶ。


「やめろ!」


 笑い声が、一気に上がった。


「ほら、照れてるじゃん!」


 千夏が言う。


「照れてねえって!」


「顔赤くない?」


 奈緒まで覗き込んでくる。


「うるさい!」


 みんなの笑い声が、屋敷の前に響いた。


 俺は最後まで否定した。


 否定したけど。


 ほんの少しだけなら。


 若様と呼ばれるのも、悪くない気がしていた。

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