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黄金の約束  作者: ハイエント
序章

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第4話 屋敷へ続く道


 結局、総合スーパーでは思った以上の量を買うことになった。


 食べ物。


 ジュース。


 酒。


 菓子。


 そしてビール。


「何で二箱も買ったんだよ……」


 坂道を登りながら、高志が息を切らしていた。


 両手には、ビールの箱が一つずつ抱えられている。


「お前が飲むって言ったんだろ」


 俺が言うと、高志が恨めしそうにこっちを見た。


「飲むとは言ったけど、二箱持って山登りするとは言ってねえよ……」


「山じゃないだろ。ただの坂だ」


「俺にはもう山に見える」


 稲田駅を離れ、俺たちは丘の上にある屋敷へ向かっていた。


 最初は緩やかだった坂も、登るにつれて少しずつ傾斜がきつくなっている。


「大野先輩」


 高志が前を歩く大野先輩へ声をかけた。


「一箱持ってくださいよ」


「嫌だ」


「即答ですか?」


「田野」


 大野先輩が振り返る。


「俺たちは登山サークルだぞ」


「はい」


「重い荷物を持って坂道を登る。最高のトレーニングじゃないか」


「今トレーニングする必要あります?」


「ある」


「絶対ないでしょ」


「頑張れ」


 高志がため息をついた。


 今度は隣を歩いていた千夏を見る。


「千夏」


「嫌」


「まだ何も言ってないだろ!」


「箱持ってって言うんでしょ」


「一箱だけ」


「無理」


「俺二箱持ってるんだけど」


「私は一箱でも無理」


「何でだよ」


「こんな坂でビール一箱持って歩くとか嫌だよ」


「俺は二箱だぞ!」


「だから大変そうだなって思ってる」


「思ってるだけかよ!」


 奈緒が笑った。


「頑張れ、高志」


「奈緒も持ってくれよ」


「嫌」


「お前ら冷たすぎない?」


「だって重そうだもん」


「重いから頼んでるんだよ!」


 神谷先輩が振り返った。


「田野」


「今度こそ助けてくれます?」


「これはお前のためなんだ」


「またそれですか」


「俺たちが重くて持ちたくないわけじゃない」


「絶対そうでしょ」


「お前を鍛えるためだ」


「いやいや」


「それに」


 神谷先輩が高志の持つ箱を指さした。


「そのビール代、俺たちが出してるよな?」


「……」


「田野は?」


「……出してないです」


「なら運べ」


「……はい」


 高志が黙った。


 俺は思わず笑った。


「弱っ」


「うるせえ」


 しばらく歩いたあと、高志がじっと俺を見る。


「何だよ」


「……弘」


「嫌だ」


「まだ何も言ってねえだろ」


「一箱持てって言うんだろ」


「さすが親友」


「褒めても持たないぞ」


「高校から一緒だろ?」


「関係ない」


「俺たちの友情ってその程度なのか?」


「ビール一箱で友情を試すな」


「弘……」


 高志が妙に悲しそうな顔をする。


「……分かったよ」


「マジ?」


「一箱だけな」


「ありがとう!」


 俺は高志から箱を一つ受け取った。


「いやあ、さすがお坊ちゃま」


「返すぞ」


「すいません」


 高志が即座に頭を下げた。


「ありがとうございます、弘様」


「それもやめろ」


「勝田弘様」


「気持ち悪いから普通にしろ」


「はい」


「何で敬語なんだよ」


 後ろから笑い声が聞こえた。


「二人、ずっとそんな感じなんだ」


 奈緒が呆れたように笑う。


「高校からな」


 俺が答える。


「こいつが昔から面倒くさいんだよ」


「逆だろ。俺が弘の面倒見てやってたんだ」


「まだ言ってんのか、それ」


「事実だからな」


「どこがだよ」


 俺たちはそんなくだらない話をしながら、坂道を登っていった。


◇


 しばらく進むと、道が大きく曲がった。


 そこから先は、丘を縫うように蛇行しながら上へ続いている。


 ほとんど一本道だった。


「すげえな」


 大野先輩が周囲を見回した。


 道の途中にも家や小さな建物はいくつかある。


 けれど数は少ない。


 それよりも目立つのは、坂の先。


 丘の上にそびえる屋敷だった。


「何かさ」


 神谷先輩が笑う。


「この辺一帯の支配者の家みたいじゃない?」


「分かります」


 奈緒が頷いた。


「この道も、ほとんどあの屋敷のためにあるみたい」


「だよな」


 大野先輩が俺を見る。


「勝田、お前んち本当に何やってんだよ」


「だから俺も詳しく知らないですって」


「会社いくつか持ってるんだっけ?」


「らしいです」


「らしいって」


「俺、会社のことなんか全然関わってないんで」


「そのうち社長になるんじゃない?」


 千夏が言う。


「ならないよ」


「分かんないじゃん」


「俺には無理だって」


「坊ちゃん社長」


 高志が横から言う。


「お前、まだそれ続けるの?」


「似合いそうじゃん」


「似合わない」


「弘様、本日のご予定は?」


「その喋り方やめろ」


「申し訳ございません」


「もうビール返すぞ」


「すいませんでした」


 また笑いが起きた。


 みんな楽しそうだった。


 俺も笑っていた。


 でも。


 坂を登るにつれて、さっきから別のことが頭に引っかかっていた。


 この道。


 俺は昔も、ここを通った。


 そんな気がする。


 子供の頃。


 車だったのか。


 歩いたのか。


 そこまでは覚えていない。


 ただ、この坂道を上っていった記憶だけが、ぼんやり残っている。


「……」


 顔を上げる。


 木々の隙間から、屋敷が見えた。


 駅から見たときよりもずっと大きい。


 白い外壁。


 黒い屋根。


 高い窓。


 立派な造りだった。


 でも。


「……こんなんだったっけ」


 思わず呟いた。


「ん?」


 隣を歩く高志がこっちを見る。


「何が?」


「いや……」


 もう一度、屋敷を見る。


 昔も大きな家だった。


 それは覚えている。


 丘の上に建っていたことも。


 街を見下ろす景色も。


 でも。


 あの家は、こんな外観だっただろうか。


「弘?」


「何でもない」


「また夢のこと考えてんの?」


「違うよ」


「ならいいけど」


 高志はそれ以上聞かなかった。


 前では奈緒と千夏が何か話しながら笑っている。


 大野先輩と神谷先輩も、屋敷を見上げながら楽しそうに話していた。


 誰も気にしていない。


 当たり前だ。


 あの家を以前見たことがあるのは、俺だけなのだから。


 俺はもう一度、屋敷を見る。


 近づけば近づくほど、違和感が強くなっていく。


 記憶が曖昧なだけかもしれない。


 最後に来たのは十年も前だ。


 子供の頃の記憶なんて、そんなものだろう。


 それでも。


 俺の中にある屋敷と。


 目の前にある屋敷は。


 どうしても、同じものには思えなかった。


「おーい、弘!」


 高志の声が飛んできた。


 いつの間にか少し遅れていたらしい。


「何してんだよ!」


「今行く!」


 ビールの箱を抱え直し、俺はみんなの後を追った。


 坂の上では、大きな屋敷が俺たちを待っていた。

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