第3話 丘の上の屋敷
土曜日。
午後二時少し前、俺は稲田駅の改札を出た。
「弘、遅い」
「まだ二時前だろ」
真っ先に声をかけてきたのは高志だった。
近くには佐倉奈緒と木村千夏。
それからサークルの先輩、大野修平先輩と神谷亮介先輩も来ていた。
俺を入れて六人だ。
「これで全員?」
俺が聞くと、千夏が首を振った。
「藤崎先輩と松田先輩は、あとから直接そっちに行くって」
「ああ、そうなんだ」
「ちょっと遅くなるらしいよ」
今回、俺が声をかけたサークルのメンバーは全部で七人。
高志、奈緒、千夏。
大野先輩、神谷先輩。
それに藤崎彩香先輩と松田圭介先輩。
俺を入れれば八人になる。
「で?」
高志が駅の外へ出ながら周囲を見回した。
「どこなんだよ、その家」
「ああ……ちょっと待て」
俺も辺りを見る。
最後に来たのは十年くらい前だ。
街並みなんてほとんど覚えていない。
けれど――。
「あった」
「どれ?」
「あれだよ」
俺は少し離れた丘の上を指さした。
一軒の大きな建物が見える。
白っぽい外壁に、黒い屋根。
周囲にある家とは明らかに大きさが違った。
丘の上から街を見下ろすように建っている。
高志がしばらく黙って、それを見上げた。
「……おい」
「何だよ」
「あれ?」
「あれ」
「家じゃねえじゃん」
「家だろ」
「いや、完全に屋敷だろ!」
高志が声を上げた。
「お前、家って言ってただろ!」
「家には違いないだろ」
「そういう問題じゃねえよ!」
「え、あれなの?」
奈緒が目を丸くする。
「そう」
「でかっ」
千夏も足を止めた。
「私も普通の一軒家だと思ってたんだけど」
「俺も」
神谷先輩が笑う。
「勝田、お前の言う『家』って基準おかしくないか?」
「俺だって普段ここに住んでるわけじゃないですよ」
「でも家なんだろ?」
「まあ……一応」
「ほら!」
高志が俺を指さした。
「こういうところなんですよ、こいつ」
「何がだよ」
「坊ちゃんなんだよ」
「坊ちゃんって言うな」
「じゃあお坊ちゃま?」
「もっとやめろ」
みんなが笑った。
奈緒がもう一度、丘の上を見上げる。
「弘の家って、あれなの?」
「正確には俺の家じゃないけど」
「いや、十分すごいから」
奈緒が俺を見る。
「勝田って、もしかしてすごい金持ち?」
「だから言っただろ」
高志が横から割って入った。
「こいつ、結構な坊ちゃんなんだよ」
「お前が言うな」
「本当のことだろ」
「勝田んちは何やってんの?」
神谷先輩に聞かれ、俺は首を傾げた。
「俺も詳しく知らないんですよ。親父がいくつか会社持ってるみたいですけど」
「いくつか会社?」
大野先輩まで屋敷を見上げた。
「さらっと言うなよ」
「俺は経営に関わってないですから」
「それでこんな屋敷まで持ってんのか」
「しかも弘、ここに来るの十年ぶりらしいですよ」
高志が余計なことを言う。
「十年?」
「はい。俺はずっと来てないです」
「こんなでかい家を?」
「管理人はいるらしいんで」
千夏がさらに驚いた顔をする。
「管理人までいるの?」
「らしい」
「ほら、やっぱりお坊ちゃまじゃん」
高志が笑う。
「だからやめろって」
大野先輩が高志の肩を叩いた。
「田野、お前よく勝田をサークルに入れたな」
「でしょ?」
高志がなぜか得意げな顔をした。
「四月にこいつに聞いたら、まだ入るところ決めてないって言うから、俺が強引に誘ったんですよ」
「偉い」
「もっと褒めてください」
「お前の手柄じゃねえだろ」
俺が言うと、みんなが笑った。
「でも、本当に俺たちが使って大丈夫なのか?」
大野先輩が屋敷を見ながら聞いてきた。
「これだけ人数いるぞ」
「全然大丈夫ですよ。親父と母さんにも話してあります」
「今日だけ?」
「いや、別に何泊してもいいって言ってました」
「何泊でも?」
「はい。好きに泊まっていけばいいって」
神谷先輩が笑う。
「お前の親父さんとおふくろさん、太っ腹だな」
「そうなんですかね。好きに使えって言ってたんで」
「もうほとんどホテルじゃん」
奈緒が言った。
「ホテルみたいに何でも出てくるわけじゃないぞ」
「食べ物ないの?」
「多少はあると思うけど、さすがに八人分はないだろ。飲み物も自分たちで買っていかないと」
「酒もない?」
「そんなの用意してあるわけないだろ」
「じゃあスーパー行こうぜ」
高志が言った。
「近くにある?」
千夏に聞かれて、俺はスマートフォンを取り出した。
「駅の近くに総合スーパーがある」
「十年ぶりなのによく知ってるね」
「昨日マップで調べた」
「なんだ」
高志が笑った。
「さすがにそれくらい調べてきたよ」
「じゃ、弘のおごりな」
「は?」
「金持ちなんだろ?」
「無理無理。俺、そんな金持ってねえよ」
「またまた」
「親が金持ってるのと、俺が金持ってるのは別だろ」
「お坊ちゃまなのに?」
「お坊ちゃま言うな」
「この屋敷使えて金ないは無理あるだろ」
「学生なんだから普通だよ!」
奈緒と千夏が笑っている。
「じゃあ勝田カードとかないの?」
千夏が聞いてくる。
「何だよ勝田カードって」
「出したら何でも買えるやつ」
「そんなもんねえよ」
「黒いカード持ってそう」
「持ってない!」
高志が肩をすくめた。
「使えねえ坊ちゃんだな」
「お前、さっきから失礼すぎるだろ」
「じゃあ高志のおごりで」
奈緒が言う。
「何でそうなるんだよ!」
「弘が無理なんでしょ?」
「だからって俺になるのおかしいだろ!」
「まあまあ」
大野先輩が笑いながら間に入った。
「今回は勝田は金出さなくていいよ」
「え?」
「場所を貸してもらうんだからな。食い物と酒くらい俺たちで出す」
神谷先輩も頷く。
「そうだな。先輩組で多めに出すよ」
「マジですか?」
高志が真っ先に反応した。
「田野、お前が一番喜ぶな」
「だって酒ですよ?」
「お前はちゃんと払え」
「えっ」
「当然だろ」
また笑いが起きた。
俺は大野先輩を見る。
「ありがとうございます」
「いいって。これだけの場所をタダで使わせてもらうんだから」
俺は隣の高志を見た。
「やっぱ先輩は高志とは違うな」
「何だと?」
「人間ができてる」
「俺だってできてるだろ!」
「どこがだよ」
「高校からずっとお前の面倒見てきただろ」
「誰が誰の面倒見てたんだよ」
「俺だよ」
「初耳だわ」
奈緒が吹き出した。
「二人って本当に昔からこんな感じなんだね」
「高校からずっと」
高志が答える。
「腐れ縁ってやつ」
「勝手に腐らせるな」
またみんなが笑った。
「じゃあ買うぞ」
大野先輩が言う。
「食い物と酒と飲み物。八人分なら結構な量になるからな」
「重いのはじゃんけんで負けた奴な」
高志が言った途端、奈緒が嫌そうな顔をした。
「絶対ビールとか押しつけるでしょ」
「公平なじゃんけんだ」
「高志が負けたら全部持ってね」
「それは話が違う」
「何が違うんだよ」
俺たちは笑いながら歩き出した。
奈緒と千夏は、まだ丘の上の屋敷が気になるらしく、ときどき振り返っている。
「ほんと大きいね」
「中どうなってるんだろ」
「俺も覚えてないよ」
「十年ぶりだもんね」
「ああ」
俺も一度だけ振り返った。
丘の上に建つ大きな屋敷。
遠くから見る限り、昔と変わっていないように見えた。
「弘、置いてくぞ!」
「今行く!」
高志たちの後を追う。
「坊ちゃん、荷物持つ係な!」
「だから坊ちゃんって言うな!」
俺たちはくだらない話をしながら、駅近くの総合スーパーへ入っていった。




