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黄金の約束  作者: ハイエント
第一章 黄金の屋敷

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第38話 それより大切なこと


「で、大野先輩。結局どこにいたんですか?」


 俺が聞くと、大野先輩は少しだけ目を逸らした。


「その話、まだする?」


「しますよ」


「もういいじゃん。ちゃんと戻ってきたんだし」


「朝から松田先輩がずっと探してたんですよ」


「それは悪かったって」


「俺と高志も探したんですからね」


「勝田君たちも?」


「一階から三階まで」


「そこまで?」


「電話にも出ないし、メッセージも既読つかないし」


「スマホ見てなかったんだよ」


「じゃあ、どこにいたんですか?」


 大野先輩が黙る。


 隣では松田先輩が腕を組んでいた。


「修平」


「何だよ」


「言え」


「別に大したことじゃないって」


「だったら言えるだろ」


「……」


 大野先輩が少し困ったように頭をかいた。


 神谷先輩はというと、なぜか面白そうに笑っている。


「修平、もう言えば?」


「亮介は黙ってろ」


「何となく想像ついてるけどな」


「余計なこと言うなって」


「何ですか?」


 俺が神谷先輩を見る。


「いや」


 神谷先輩は笑ったまま答えない。


 余計に気になる。


「大野先輩」


「分かったよ」


 大野先輩が諦めたように息を吐いた。


「誠の部屋」


「……誠?」


「うん」


「誰ですか?」


「ここの使用人」


「使用人?」


「ああ」


 大野先輩は少しだけ気まずそうにしてから続けた。


「誠っていうメイドさん」


「…………」


 一瞬。


 妙な間ができた。


「……またメイドさん?」


 千夏が言った。


「また?」


 大野先輩が千夏を見る。


「何が?」


「いや」


 千夏が奈緒と顔を見合わせた。


「前にも言ったけど、私たちメイドさんって見てないんだよね」


「え?」


 大野先輩が首を傾げる。


「いないってこと?」


「いないっていうか……見てない」


 奈緒も頷いた。


「私も。いるのは執事さんばっかりだと思ってた」


「執事?」


 高志が反応した。


「うん」


「前から思ってたけど、お前ら執事さんが何人もいるみたいに言ってるよな」


「いるじゃん」


 奈緒が当然のように答える。


「何人も」


「そうそう」


 千夏も頷く。


「若い人、結構いるよね」


「……若い執事?」


「うん」


 高志が俺を見る。


 俺も高志を見る。


 何だ?


 まただ。


 今朝、ハイキングコースで奈緒たちと会ったときもそうだった。


 俺と高志には、奈緒と千夏が二人の若いメイドと歩いているように見えた。


 でも昼食の前、奈緒は一緒に歩いていた相手を「執事さんたち」と言った。


 そのときは、距離もあったし、木の間から見ただけだった。


 服装を見間違えたのかもしれない。


 別の使用人と途中で合流した可能性だってある。


 そう思った。


 それに、前にも千夏が言っていた。


 執事さんがかっこいい、と。


 あのとき俺は、久世さんのことを言っているんだと思っていた。


 でも。


「ちょっと待って」


 高志が言った。


「俺らが見てるの、ほとんどメイドさんだぞ」


「え?」


 奈緒が高志を見る。


「メイドさん?」


「うん」


「何人も?」


「何人も」


「いや」


 千夏が首を傾げた。


「私たちは執事さんばっかりだけど」


「俺、若い男の使用人なんて見たことないぞ」


「いるよ」


「どこに?」


「普通にいるって」


「いや、いないって」


「いるって」


 話が噛み合わない。


 俺は大野先輩を見る。


「大野先輩は?」


「何が?」


「使用人です。男の人、見ました?」


「若い男?」


「はい」


「いや」


 大野先輩は少し考えてから首を振った。


「俺が見てるのはメイドさんばっかりかな」


「ですよね」


「誠もメイドさんだし」


 神谷先輩も口を挟んだ。


「俺もそうだな」


「神谷先輩も?」


「ああ。若い男の使用人は覚えがない」


「ほら」


 高志が奈緒たちを見る。


「いないじゃん」


「だから、いるって」


 千夏が言い返す。


「何人も見てるもん」


「ほら、今だって久世さんしかいないだろ」


 高志がグレートホールの中を見る。


 昼食を運んできた若い使用人たちは、もう厨房の方へ戻っている。


 今、この広いホールの中で見える使用人は久世さんだけだった。


 少し離れた場所で、テーブルの上を確認している。


「久世さんは執事じゃないでしょ」


 千夏が言った。


「いや、執事だろ」


 高志が即座に返す。


「え?」


「何言ってんだよ。どう見ても執事じゃん」


「え、違うよ」


「何が?」


「久世さんは、ほかの執事さんたちとは違うでしょ」


「ほかの執事って、だから誰だよ」


「何人もいるじゃん」


「いないって」


「いるって」


「じゃあ久世さんは何なんだよ」


「執事長でしょ?」


「……執事長?」


 高志が固まった。


 俺も思わず久世さんを見る。


 執事長。


 そんな話、俺も聞いたことがない。


「久世さん、執事長なの?」


 俺が聞く。


「そうでしょ?」


 千夏が逆に不思議そうな顔をする。


「だって、ほかの執事さんたちをまとめてるじゃん」


「いや……」


 俺はずっと、久世さんをただの執事だと思っていた。


 少なくとも、久世さん本人から「執事長です」と名乗られた覚えはない。


「奈緒もそう思ってた?」


「うん」


「私も」


 千夏も頷く。


「彩香先輩も、たぶんそうじゃないですか?」


「私はそう思ってたよ」


 藤崎先輩が答えた。


「ほら」


「ほらって言われても……」


 高志が困ったように俺を見る。


「弘」


「何?」


「どうなってんの?」


「俺に聞かれても分かんないよ」


「お前の屋敷だろ」


「だからって使用人全員知ってるわけじゃないって」


 そもそも俺だって、この屋敷に来るのは十年ぶりだ。


 今働いている使用人のことなんて、ほとんど知らない。


「まあ」


 神谷先輩が言った。


「別にそんな変な話でもないんじゃない?」


「そうですか?」


「これだけ広い屋敷だぞ。使用人もかなりいるだろ」


「まあ……」


「男も女もいるんじゃない?」


「でも俺たちはメイドばっかり見てますよ」


「たまたまだろ」


 神谷先輩は気にした様子もなく続ける。


「俺らがよくいる一階にはメイドさんが多くて、奈緒ちゃんたちがいる二階には男の使用人が多いとか」


「ああ……」


「担当してる場所が違うのかもしれないし」


「それなら、まあ」


 あり得なくはない。


 俺たちは一階にいることが多かった。


 奈緒や千夏たちは二階に部屋がある。


 会っている使用人が違っていても、不思議ではない。


「それに人数多いしな」


 大野先輩も言う。


「全員の顔なんて覚えてないだろ?」


「それはそうですけど」


「俺も誠以外は名前ほとんど知らないし」


「誠は覚えたんですね」


「まあな」


「何ででしょうね」


「勝田君、それ以上聞く?」


「やめときます」


 神谷先輩が笑う。


 さっきまでの妙な空気が少しだけ緩んだ。


「……でも、どうなってんだろうな」


 高志が小さく言った。


「俺に聞かれても分かんないよ」


「久世さんに聞けば早くない?」


「あ」


 確かに。


 俺は久世さんを見る。


 少し離れたテーブルで、食器の配置を確認していた。


 何かをメモしながら、別のテーブルへ移動していく。


「今、忙しそうだな」


「だな」


「あとで聞くか」


「そうしよう」


 それで話は一度終わった。


 ただ。


 何となく引っかかった。


 千夏たちは何人もの若い執事を見ている。


 俺たちは何人もの若いメイドを見ている。


 久世さんのことも、俺たちはただの執事だと思っていたのに、千夏たちは執事長だと思っていた。


 そういえば。


 今朝、奈緒と千夏が歩いていた二人も。


 俺と高志には、どう見ても若いメイドに見えた。


 奈緒たちは「執事さんたち」と言った。


 ただ会っている使用人が違うだけ。


 そう考えれば、まだ説明はつく。


 でも。


 なぜか少しだけ気になった。


 まあ、いい。


 あとで久世さんに聞けば分かることだ。


 今は、それよりも先にやることがある。


 今日は帰る。


 昨日から何度もそう思っているのに、結局まだ何も決まっていない。


 帰る前に、次の登山について話し合う。


 それが今回ここへ集まった、本来の目的だった。


 大野先輩も戻ってきた。


 これでようやく全員揃った。


 なら、まずは登山計画をまとめないといけない。


 使用人のことは、そのあとでいい。


 少し気にはなったけど。


 俺はその違和感を、ひとまず頭の隅へ追いやった。


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