第36話 二階三階
二階へ上がる。
「へえ……」
思わず周りを見る。
一階とは造りが少し違っていた。
「一階と同じじゃないんだな」
高志も気づいたらしい。
「みたいだな」
一階では客室の廊下がまっすぐ伸びていた。
でも二階は、階段を上がった場所から少しずれた位置に客室側の廊下が伸びている。
途中で少し曲がっていて、廊下自体の長さも一階とは微妙に違って見えた。
「同じ屋敷なのに変な造りだな」
「こういうもんなんじゃない?」
「知らんけど」
階段近くの案内を確認する。
客室そのものは一号室から十号室まで。
全部で十部屋あるらしい。
「誰がどこだっけ?」
俺が聞く。
「俺、覚えてるぞ」
「本当?」
「ああ」
高志が指をさす。
「一号室が奈緒」
「うん」
「二号室が千夏」
「うん」
「で、藤崎先輩が六号室」
「よく覚えてんな」
「昨日聞いたから」
一号室と二号室は近い。
奈緒と千夏は隣同士ということになる。
藤崎先輩の六号室は、そこから離れた廊下の奥側だった。
「じゃあ、それ以外見てみる?」
「女子の部屋は開けるなよ」
「分かってるよ」
三号室。
扉を叩く。
「大野先輩?」
「…………」
少しして、中から物音がした。
「はい」
扉が開く。
「あ」
出てきたのは、屋敷の使用人だった。
「若様、いかがなさいましたか?」
「あ、すみません。大野先輩っていう人を探してるんですけど、見ませんでした?」
「いいえ。お見かけしておりません」
「そうですか。すみません」
「いいえ」
使用人が静かに頭を下げる。
俺も軽く頭を下げた。
扉が閉まる。
「使用人もここの部屋使ってるんだな」
高志が言った。
「空いてる部屋使ってるんじゃない?」
「なるほどな」
四号室。
五号室。
七号室。
八号室。
九号室。
十号室。
一つずつ扉を叩いてみたけど、どこからも返事はなかった。
「まあ、そうだよな」
高志が言う。
「他は空き部屋なんだろ?」
「たぶん」
試しに四号室の取っ手に手をかけてみる。
「……開かない」
「鍵?」
「みたい」
五号室も同じだった。
「空き部屋は閉めてるのか」
「そりゃそうなんじゃね?」
「久世さんに鍵借りる?」
「いや……」
そこまでやるのは、さすがに気が引ける。
誰も使っていない客室を、大野先輩を探すためとはいえ片っ端から開けてもらうのも変だ。
それに、奈緒や千夏、藤崎先輩の部屋まで開けるわけにはいかない。
「やめとこう」
「だな」
俺たちは客室側の廊下を離れた。
そのまま二階を歩いていく。
途中、大きめの扉があった。
『トレーニングジム』
「こんなのまであるのか」
「一応見る?」
「見る」
扉を開ける。
「うわ」
高志が中を見る。
「結構でかいな」
「本格的だな」
ランニングマシン。
いろいろなトレーニング器具。
ダンベル。
俺には何に使うのか分からない器具まで置かれている。
「大野先輩!」
呼んでみる。
「…………」
返事はない。
「いないな」
「いない」
すぐに外へ出る。
さらに歩く。
途中、向こうから一人の使用人がやってきた。
「若様」
静かに頭を下げられる。
「どうも」
俺も頭を下げる。
高志も軽く会釈した。
使用人はそのまま俺たちの横を通り過ぎていった。
「本当に使用人多いよな」
高志が言う。
「広いからじゃない?」
「まあ、そうなんだろうけど」
そのまま東側へ向かって歩いていく。
すると、見慣れない名前のついた扉が二つあった。
『資料室』
その隣には。
『収蔵室』
「何これ?」
高志が立ち止まる。
「資料室は分かるけど……収蔵室?」
「何入ってるんだろうな」
「知らない」
「気にならない?」
「ちょっとは」
俺は資料室の取っ手に手をかけてみた。
「開かない」
「鍵か」
隣の収蔵室も同じだった。
「こっちも閉まってる」
「何入ってんだろうな」
「今はいいだろ」
「まあな」
大野先輩を探しているだけなのに、関係ない場所までいちいち開けてもらう必要はない。
「上も見てみる?」
「三階?」
「ああ」
ちょうど東側の階段まで来ていた。
高志が俺を見る。
「そういや、お前三階だったよな」
「そうだけど」
「じゃあ行こうぜ」
「何でちょっと嬉しそうなんだよ」
「お前の部屋見たことないから」
「大野先輩探すんだぞ」
「分かってるって」
本当かよ。
そう思いながら、俺たちは東側の階段を上がった。
◇
三階。
「へえ」
高志が辺りを見回す。
「ここがお前のいる階か」
「泊まってるだけな」
「同じだろ」
「違う」
廊下を歩く。
すると、高志が一つの扉を見て立ち止まった。
『貴賓室』
「貴賓室……」
「何?」
「すげえ名前だな」
「そう?」
「ホテルみたい」
「屋敷だからじゃない?」
その少し先。
また高志が止まる。
『当主室』
「ぶっ」
「何だよ」
「当主室って!」
「笑うところか?」
「親父さんここ泊まるの?」
「たぶん」
「すげえな。もっと普通の名前なかったのかよ」
「俺に聞くなって」
「プライベートルームとかでいいじゃん」
「知らないよ」
高志はまだ笑っている。
「当主室かあ」
「だから笑うなって」
俺も少しだけ笑いながら、その先へ進む。
そして。
一つの扉が目に入った瞬間、嫌な予感がした。
できれば高志には見られたくなかった。
「あ」
遅かった。
高志がプレートを見た。
『広し室』
「…………」
一瞬、黙る。
そして。
「ぶはっ!」
思いきり吹き出した。
「笑うな!」
「何だよ! 広し室って!」
「俺が決めたんじゃない!」
「お前、弘だろ!」
「知ってるよ!」
「これ絶対、漢字間違えただろ!」
「知らないって!」
高志は腹を押さえて笑っている。
「弘の部屋って書こうとして、『広』にしたんじゃねえの?」
「だから俺に聞くなよ!」
「当主室も結構面白かったけど、お前のはずるいわ」
「何がずるいんだよ!」
「広し室って」
「何回言うんだ!」
高志がもう一度プレートを見る。
「いや、待て」
「何だよ」
「もしかして間違いじゃないかもしれない」
「は?」
「本当に部屋が広いから『広し室』なんじゃね?」
「そんな名前付けるか?」
「見せて」
「嫌だよ」
「ちょっとだけ」
「大野先輩探してるんだろ!」
「確認するだけだから」
「何を確認するんだよ」
「広し室が、本当に広いのか」
「どうでもいいだろ!」
「ちょっとだけ」
「お前な……」
でも、ここまで来たらどうせずっと言われる。
「……ちょっとだけだぞ」
「よし」
扉を開ける。
高志が中を覗き込んだ。
「…………」
「何だよ」
「広っ」
「うるさい」
「しかも綺麗だし」
「知らないよ」
「俺らの部屋より普通に広くね?」
「適当にここ使えって言われただけだから」
高志が部屋の中を見回す。
そして、にやっと笑った。
「やっぱり広し室じゃん」
「どういう意味だよ!」
「広いから広し室」
「さっきまで漢字間違えたって言ってただろ!」
「いや、こっちが正解だわ」
「何が正解なんだよ!」
俺は高志を廊下へ押し戻した。
「ほら、もう行くぞ」
「はいはい、広し室の住人」
「二度と言うな」
「絶対あとでみんなに話す」
「やめろって!」
歩き出そうとしたところで。
「ん?」
高志が隣の扉を見た。
そこにもプレートがある。
『日向』
「日向って、ひなちゃん?」
「ああ。妹」
「へえ……」
高志が少しだけプレートを見る。
「こっちは普通だな」
「普通でいいんだよ」
「何か面白くないな」
「何を期待してるんだよ!」
「いや、お前のが面白かったから」
「俺の部屋で笑いを求めるな!」
「だって広し室だぞ?」
「もう言うな!」
何で日向は普通に名前だけなのに。
俺だけあんな名前なんだ。
廊下を通る人間全員に見せるための、公開処刑みたいじゃないか。
「やっぱお前の方が面白いわ」
「うるさい!」
俺たちはさらに廊下を進んだ。
少し行くと、展望風呂が見えてくる。
「あ、ここか」
高志が言った。
「何が?」
「展望風呂」
「そうだけど」
「ちょっと見――」
「入らないぞ」
「まだ何も言ってないだろ」
「顔に書いてある」
「分かってるって」
一応、入口の近くから声をかける。
「大野先輩?」
「…………」
返事はない。
「いないな」
「だな」
さらにもう少し先へ行く。
すると、また二つの扉があった。
「これ何?」
高志が言う。
「さあ」
今度はプレートがない。
部屋の名前も何も書かれていなかった。
取っ手に手をかける。
「開かない」
「こっちも」
高志も隣の扉を確認する。
「両方鍵か」
「みたいだな」
「何の部屋だろ」
「知らない」
「本当に知らないんだな、お前」
「何回来たと思ってるんだよ」
「まあ、それもそうか」
大野先輩を探すためとはいえ、鍵のかかっている部屋を全部開けてもらうところまでする必要はない。
「これでだいたい見た?」
高志が聞く。
「俺たちが普通に見られるところはな」
「結局いなかったな」
「うん」
もしかしたら外にいるのかもしれない。
それとも、俺たちが探している間に松田先輩が見つけているかもしれない。
「何か連絡来てない?」
「見てみる」
スマートフォンを取り出す。
通知。
なし。
大野先輩に送ったメッセージも確認する。
「……まだ既読ついてない」
「マジか」
「うん」
「どこ行ってんだろうな」
「分からん」
そこで、画面に表示された時間を見た。
「あ」
「何?」
「やばい」
「何が?」
「もう十二時近い」
高志も自分のスマートフォンを確認する。
「あ、本当だ」
「集合行かないと」
「急ぐか」
「お前が俺の部屋で遊んでたからだろ!」
「遊んでねえよ。確認してただけ」
「何を!」
「広し室の広さ」
「もう言うな!」
高志が笑う。
「これ、絶対みんなに話すからな」
「その前に俺がお前の母親の話するからな」
「は?」
「身長も体重も知ってるって」
「それは卑怯だろ!」
「何が卑怯なんだよ」
「広し室と関係ないだろ!」
「先に笑ったのお前じゃん」
「お前、自分の母親の趣味知らなかったじゃん!」
「それとこれとは別だ!」
「絶対言うなよ!」
「じゃあお前も広し室のこと黙ってろ」
「……それは無理」
「じゃあ俺も無理」
「お前最低だな!」
「お互い様だろ」
二人で笑う。
たぶん、食堂に戻ったらどっちかが先に口を滑らせる。
そんな気がした。
「ほら、急ぐぞ」
「おう」
結局、俺と高志で探しても大野先輩は見つからなかった。
でも、もしかしたらもう誰かが見つけてくれているかもしれない。
俺たちは三階をあとにして、昼の集合場所であるグレートホールへ急いだ。




