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黄金の約束  作者: ハイエント
第一章 黄金の屋敷

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第28話 協力


 それからしばらく、俺たちはダイニングホールで時間を潰していた。


 高志は相変わらず死んでいる。


 椅子にもたれかかりながら、時々水を飲んでは深いため息をついていた。


「……気持ち悪い」


「まだ駄目か?」


「さっきよりはマシ」


「お粥、食べられそう?」


「もう少ししたら……」


 完全復活には、まだ時間がかかりそうだ。


 一方で。


「これうまいな」


 神谷先輩は元気だった。


 さっきまで普通に朝食を食べていたはずなのに、気に入った料理があったらしく、追加でもらっている。


「神谷先輩、食べすぎじゃないですか?」


「そうか?」


「朝から二回風呂入って、そのあと普通に朝飯食べて、まだ食べてるじゃないですか」


「腹減ってるんだから仕方ないだろ」


「昨日あれだけ飲んで潰れてた人とは思えないですね」


「寝たからな」


「寝れば全部リセットされるんですか?」


「だいたい」


「便利ですね、本当に」


 神谷先輩は気にした様子もなく、また料理を口に運ぶ。


「うまい」


 この人、本当に昨日酔いつぶれてたんだよな。


 高志とは、同じ日に酒を飲んでいたとは思えないくらい差がある。


 俺は紅茶を少し飲みながら、今日のことを考えた。


 昼までには、登山の計画をちゃんと決める。


 山。


 日程。


 日帰りにするのか、それとも泊まりにするのか。


 最低でも、そのくらいは今日決めておきたい。


 そして夜の宴会が終わったら帰る。


 昨日みたいにならなければ、それで何の問題もない。


 そんなことを考えていると、ダイニングホールの入口から二人が戻ってきた。


「あ、戻ってきた」


 千夏と藤崎先輩だった。


 二人は何事もなかったような顔で、こちらへ歩いてくる。


「どこ行ってたんですか?」


 俺が聞くと、千夏が笑った。


「ちょっと話してただけ」


「二人で?」


「うん」


「何の話です?」


「まあ、いろいろ」


 藤崎先輩も笑っている。


「……?」


 何だろう。


 少し気になったけど、二人はそのまま俺たちの近くまで来た。


 そして。


「弘」


「何?」


 千夏が急に真面目な顔になる。


「昨日はごめんね」


「……え?」


 予想していなかった言葉に、思わず聞き返した。


「何が?」


「昨日のこと」


「昨日?」


「登山の計画立てるために来たのに、私たちほとんど何もしなかったじゃん」


「ああ……」


「ずっと飲んで遊んでたし」


 千夏が申し訳なさそうに言う。


「弘ばっかりちゃんと計画立てようとしてたのに、私たちふざけすぎたなって」


「千夏……」


「だから今日はちゃんとやる」


 千夏は俺を見る。


「昼までに決めよう」


「……うん」


 ちょっと驚いた。


 すると今度は、藤崎先輩まで口を開く。


「私もごめんね、勝田君」


「藤崎先輩まで?」


「うん。昨日は私も完全に遊んじゃったから」


 藤崎先輩が苦笑する。


「登山計画を立てるために集まったのに、お酒飲んで騒いで、それで終わっちゃったし」


「まあ……そうですね」


「今日はちゃんと協力するから」


「本当ですか?」


「本当だよ」


 藤崎先輩が頷く。


「昼までに登山の計画を決めて、夜は少しだけ飲んで、それから帰る」


「そうそう」


 千夏も続ける。


「昨日みたいなことにはしないから」


「……」


 俺は二人の顔を見た。


 なんだ。


 ちゃんと分かってくれてるじゃないか。


 俺は朝から、今日も昨日と同じことになったらどうしようとか、帰りたくないって騒がれたらどうしようとか、いろいろ考えていた。


 でも、やっぱり心配しすぎだったのかもしれない。


 みんな大人なんだ。


 一度言えば、ちゃんと分かってくれる。


「分かりました」


 俺は笑った。


「昨日のことはもういいですよ」


「許してくれる?」


 千夏が聞く。


「別に怒ってたわけじゃないって」


「よかった」


「ただ今日は、本当にちゃんと決めような」


「もちろん」


「私も協力するよ」


 藤崎先輩も言う。


「ありがとうございます」


 これなら大丈夫そうだ。


 そう思ったとき。


 藤崎先輩がおもむろにスマートフォンを取り出した。


 画面を何度か操作する。


 すぐに。


「……ふっ」


 小さな笑い声が聞こえた。


 見ると、神谷先輩がスマートフォンを見ながら笑っている。


「神谷先輩?」


「ん?」


「何かあったんですか?」


「いや、別に」


 神谷先輩は何でもないような顔でスマートフォンを伏せた。


「……?」


 今、何か面白いものでも届いたんだろうか。


 ふと藤崎先輩を見ると、ちょうどスマートフォンをしまうところだった。


「藤崎先輩も何か送ってました?」


「え?」


 一瞬だけ、藤崎先輩の表情が止まった気がした。


 でも、すぐに笑う。


「何でもないよ」


「そうですか?」


「うん。それより」


 藤崎先輩が神谷先輩を見る。


「神谷君も協力してくれるよね?」


「もちろん」


 神谷先輩は即答した。


「今日はちゃんとやるぞ」


「本当ですか?」


「何で疑うんだよ」


「昨日潰れてたからです」


「それは関係ないだろ」


「関係ある気がしますけど」


「まあまあ」


 藤崎先輩が笑う。


「とにかく、私と千夏ちゃんと神谷君はちゃんと協力するから」


「俺もするぞ……」


 横から弱々しい声が聞こえた。


 高志だった。


「高志?」


「俺も協力する……」


「顔死んでるけど大丈夫か?」


「昼までには生き返る」


「頼むぞ、本当に」


「たぶん……」


 そう言って、高志はまた水を飲んだ。


 俺。


 高志。


 千夏。


 藤崎先輩。


 神谷先輩。


 五人。


 これだけちゃんと計画を決める気の人間がいれば、さすがに大丈夫だろう。


「ありがとうございます」


 俺は少し安心した。


「五人もその気なら、今日は絶対決められそうですね」


「うん」


 千夏が笑う。


「絶対大丈夫」


「今日中にちゃんと帰れそうですね」


「帰れる帰れる」


 藤崎先輩も笑顔で頷いた。


「任せて」


 頼もしい。


 朝からいろいろ心配していた自分が馬鹿みたいだった。


 神谷先輩が、なぜか少しだけ笑っていた。


「……何です?」


「いや」


「さっきから何か笑ってません?」


「気のせいだって」


「そうですか?」


「ああ」


 まあいいか。


 俺はもう一度紅茶を飲んだ。


「そういえば」


 ふと思い出す。


「藤崎先輩、朝どこ行ってたんですか?」


「私?」


「朝食のとき、いなかったじゃないですか」


「ああ」


 藤崎先輩はすぐに答えた。


「ハイキングコース歩いてた」


「朝から?」


「うん」


「一人でですか?」


「いや、執事さんと二人で」


「執事さん?」


「そう」


「へえ……」


 俺は少し驚いた。


 執事さん。


 ということは、久世さんだろうか。


 久世さんと二人で朝のハイキングコース。


 思ったより渋い。


「朝歩くと気持ちいいんだよ」


 藤崎先輩が言う。


「まだちょっと早い時間だったけど、空気もいいし、人もいないし」


「いいですね」


 千夏が興味を示した。


「執事さん、かっこいいですよね」


「そうそう」


 藤崎先輩が急に嬉しそうになる。


「しかもすごく丁寧だし」


「分かります」


「話しやすいしね」


「私も今度、一緒に歩いてみようかな」


「いいんじゃない?」


 二人で盛り上がり始めた。


 俺はその様子を見ながら、何となく思う。


 うちの女性陣って、意外とああいう落ち着いた年上が好きなんだろうか。


 確かに久世さんは優しい。


 丁寧だし、親切だし、話していて嫌な感じも全然しない。


 俺から見ても、格好いい大人だとは思う。


「高志はどう思う?」


 隣を見る。


「……」


 高志は死んでいた。


 椅子にもたれたまま、気持ち悪そうに目を閉じている。


「……駄目だな」


「何が……」


「いや、何でもない」


 今日はこいつと何かして遊ぶのは、しばらく無理そうだ。


 神谷先輩はというと、またスマートフォンを触っている。


 こっちの話はほとんど聞いていないらしい。


「じゃあ、私たちそろそろ行こうか」


 藤崎先輩が言った。


「そうですね」


 千夏も立ち上がる。


「どこ行くんです?」


「奈緒ちゃん」


「奈緒?」


「さっき連絡取れたから、今から奈緒ちゃんのところ行ってくる」


「シアタールームですか?」


「たぶんね」


「私も行ってくる」


 千夏も楽しそうだった。


「分かりましたけど」


 俺は二人を見る。


「昼にはちゃんと来てくださいよ」


「分かってるって」


「今日はちゃんと行くよ」


「本当ですね?」


「本当本当」


 二人とも笑っている。


「どこ集合だっけ?」


 藤崎先輩が聞く。


「昨日と同じグレートホールでいいですよ」


「ここじゃないの?」


「ダイニングホールじゃないです。グレートホールですからね」


「はいはい」


「十二時ですよ」


「分かってるって」


「遅れないでくださいよ」


「大丈夫」


 千夏まで笑った。


「今日はちゃんと協力するから」


「お願いしますよ」


 二人は楽しそうに話しながら、ダイニングホールを出ていった。


 扉が閉まる。


「……」


 俺はその後ろ姿を見送った。


 やっぱり、朝から心配しすぎていたのかもしれない。


 ちゃんと話せば分かってくれる。


 これなら今日中に登山の計画を決めて、予定通り帰れるだろう。


「そういえば神谷先輩」


「ん?」


 スマートフォンから顔を上げる。


「藤崎先輩、朝は執事さんとハイキングコース歩いてたらしいですよ」


「へえ」


「聞いてなかったんですか?」


「スマホ見てた」


「全然聞いてないじゃないですか」


「で?」


「いや。結構渋い趣味だなと思って」


「そうか?」


「だって久世さんですよ?」


「ああ」


 神谷先輩が少し考える。


「まあ、分からなくもないけどな」


「そうですか?」


「落ち着いてるし、丁寧だし」


「それはそうですね」


「親切だしな」


「確かに」


 俺も頷く。


 久世さんなら、そういうのが好きな人がいても別に不思議ではないのかもしれない。


「人の好みなんてそれぞれだろ」


「まあ、そうですね」


「それより勝田」


「何です?」


「昼までまだ結構あるよな?」


「ありますけど」


「何しようかな」


「高志がこれなんで、あんまり連れ回さないでくださいよ」


「だからお前は保護者かよ」


「違いますって」


 神谷先輩が笑う。


 その隣で、高志は相変わらず気持ち悪そうに目を閉じていた。


 昼になれば、みんなで集まって登山の計画を決める。


 千夏も。


 藤崎先輩も。


 神谷先輩も。


 高志も。


 みんな協力してくれると言っている。


 これなら、今日こそ何の問題もなく話がまとまるはずだった。



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