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黄金の約束  作者: ハイエント
第一章 黄金の屋敷

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22/42

第22話 挨拶


 そういえば、高志がまだ来ていない。


 昨日はかなり飲んでいたし、どうせまだ寝ているんだろう。


 そろそろ起こしに行った方がいいかもしれない。


 そんなことを考えていたとき、テーブルの上に置いていたスマートフォンが震えた。


「ん?」


 画面を見る。


 親父からだった。


「誰から?」


 近くにいた千夏が聞いてくる。


「こんな朝早く」


「親父」


「お父さん?」


「ああ」


 俺はそのまま電話に出た。


「もしもし」


『弘か?』


「うん」


『楽しんでるか?』


「まあ、楽しんでるよ」


『そうか』


 親父の声はいつも通りだった。


『何か必要なものはないか?』


「今のところ大丈夫」


『屋敷の中は自由に使っていいからな。何か必要なら久世に言えば用意してくれる』


「分かった」


「ずいぶん気にしてくれてるね」


 千夏が小さな声で言った。


「優しいお父さんじゃん」


「聞こえるって」


 俺も声を落として返す。


 すると、電話の向こうから親父の笑い声が聞こえた。


『ははっ』


「……聞こえてた?」


『聞こえてるぞ』


「ほら!」


 俺が千夏を見る。


「だから言っただろ」


「別にいいじゃん」


 千夏は気にした様子もなく笑っている。


『友達か?』


「うん。千夏」


『そうか』


 親父は少し楽しそうだった。


『みんな楽しんでくれているなら、それでいい』


「そうみたい」


『昨日もずいぶん盛り上がったみたいだな』


「まあね」


『登山の話は、結局ほとんど進まなかったみたいだな』


「……」


 俺は黙った。


 一瞬、電話を耳から離して画面を見る。


 もちろん親父からの電話だ。


「……親父」


『何だ?』


「俺、そんなこと言ったっけ?」


『何がだ?』


「登山の話、全然進まなかったって」


『ああ』


 親父は特に気にした様子もなく答えた。


『久世から少し聞いた』


「ああ……」


 やっぱり久世さんか。


 親父が管理を任せている屋敷だ。


 俺たちが無事に着いたとか、問題なく過ごしているとか、そのくらいは久世さんから親父に連絡していてもおかしくない。


 でも。


 登山の計画が進んだとか、進んでいないとか。


 そんなことまで話すんだろうか。


『どうした?』


「いや、何でもない」


『そうか』


 まあ、気にするほどのことでもない。


 俺はそれ以上考えるのをやめた。


『今日も好きに過ごせ』


「うん」


『それと、夕食は昨日と同じようにグレートホールで用意してもらってある』


「え?」


 思わず聞き返した。


「今日も?」


『ああ』


「昨日みたいな感じで?」


『そのつもりだ』


「お」


「今度は何?」


 千夏がすぐに反応する。


 俺はスマートフォンを少し耳から離した。


「今日の夜も、昨日みたいにグレートホールで飯用意してくれるって」


「本当!?」


 千夏の顔が一気に明るくなった。


「やった!」


 声が大きい。


 当然、電話の向こうにも聞こえたらしい。


『はははっ』


 また親父の笑い声が聞こえた。


「ほら、また聞こえてる」


「いいじゃん」


 千夏は俺のスマートフォンへ少し顔を近づけた。


「弘のお父さん!」


「おい」


「昨日、ありがとうございました!」


 俺は思わず笑ってしまう。


「電話越しに直接言うのかよ」


「だって聞こえてるんでしょ?」


『聞こえてるよ』


 親父が笑いながら答えた。


『こちらこそ、弘と仲良くしてくれてありがとう』


「ほら、返事してくれた」


「いや、俺の電話なんだけど」


 すると、少し離れたところにいた松田先輩までこちらを見る。


「何?」


「今日も昨日みたいな夕飯だって」


「マジで?」


「はい」


「よっしゃ」


 松田先輩も嬉しそうに笑った。


「先輩もそんなに嬉しいんですか」


「そりゃ嬉しいだろ。昨日の料理かなりうまかったし」


「みんな結局そこなんですね」


「いいだろ、別に」


 松田先輩が笑う。


 そして、俺がまだ電話していることに気づいたらしい。


「勝田君、それ親父さん?」


「はい」


「じゃあ俺からも礼言っといて」


「聞こえてると思いますよ」


「マジ?」


 松田先輩が少し大きめの声で言った。


「昨日はありがとうございました! 今日もお世話になります!」


『はははっ』


 また親父の笑い声が聞こえた。


「完全に聞こえてますね」


『聞こえてるぞ』


「だそうです」


「じゃあよろしくお願いしますって」


「今直接言ったじゃないですか」


「一応な」


 千夏も笑っている。


「私からも、もう一回よろしくって言っといて」


「お前も今直接言っただろ」


「いいじゃん」


「何回お礼言うんだよ」


 電話の向こうでも、親父がまた笑っていた。


 同じサークルの仲間たちが、俺の父さんに次々とお礼を言っている。


 何だか変な感じだ。


 でも、悪い気はしなかった。


『楽しんでくれているみたいでよかった』


 親父が言う。


「かなり楽しんでるよ」


『それならいい』


「母さんにも、みんながお礼言ってたって伝えといて」


『分かった。伝えておく』


「うん」


『じゃあ、邪魔したな』


「別に邪魔じゃないよ」


『今日もゆっくりしてこい』


「分かった」


『じゃあな』


「うん。また」


 電話が切れた。


 俺はスマートフォンをテーブルの上へ置いた。


「優しそうなお父さんじゃん」


 千夏が言う。


「そう?」


「めっちゃ笑ってたし」


「お前らの声が全部聞こえてたからだろ」


「別に変なこと言ってないじゃん」


「まあ、それはそうだけど」


「でもさ」


 松田先輩が言う。


「今日も昨日みたいな夕飯なの?」


「親父はそう言ってました」


「よっしゃ」


 やっぱり嬉しいらしい。


「昨日の料理、かなりうまかったからな」


「奈緒にも教えてあげよ」


 千夏が言った。


「絶対喜ぶだろうな」


「うん。あとで言っとく」


 すると松田先輩が、ふと考えるような顔をした。


「……あ」


「どうしました?」


「これ、修平にはまだ言わない方がいいな」


「大野先輩に?」


「ああ」


 松田先輩が苦笑する。


「今から教えたら、また酒とか飯のことで頭いっぱいになるだろ」


「……ありそうですね」


「だろ?」


 昨日の光景が頭に浮かんだ。


 酒。


 料理。


 笑い声。


 そして、まったく進まなかった登山計画。


「せめて昼の話し合いが終わるまでは黙っとこう」


 松田先輩が言う。


「夕食のことは、そのあと教えればいい」


「そうですね」


 千夏が笑う。


「修平先輩、知ったら絶対喜びそう」


「だから今は言わない」


「本人が聞いたら怒りそう」


「いないうちに決めればいいんだよ」


「ひどいな!」


 思わず笑ってしまった。


 神谷先輩も朝食を食べながら笑っている。


「今日はちゃんと登山の話しないとな」


 松田先輩が言う。


「それは本当にお願いします」


「昨日みたいにはならないって」


「それならいいですけど」


 俺は笑いながら、改めて周りを見る。


 やっぱり高志がいない。


「高志、遅いな」


「まだ寝てるんじゃない?」


 千夏が言う。


「昨日結構飲んでたし」


「だろうな」


 俺は椅子から立ち上がった。


「ちょっと起こしてくる」


「わざわざ?」


「もう結構時間経ってるだろ」


「そのうち起きてくるんじゃない?」


「いや、一応見てくるよ」


 すると千夏が笑った。


「弘って、田野のお母さんみたいだね」


「誰がお母さんだよ!」


「だって、わざわざ起こしに行くんでしょ?」


「高校からの付き合いなんだから、このくらい普通だろ」


「やっぱりお母さんじゃん」


「違う!」


 松田先輩まで笑っている。


「はいはい。とにかく行ってくる」


 そう言って歩き出そうとして、俺は止まった。


「……あ」


「どうしたの?」


「高志の部屋、どこだ?」


 昨日、俺たちはそれぞれ別々の使用人に部屋まで案内された。


 男が一階。


 女が二階。


 そこまでは分かっている。


 でも、高志が一階のどの部屋なのかまでは知らなかった。


「一階なのは分かってるんだけど」


「私、二階だから知らないよ」


「だよな」


 どうするか考えていると、


「田野君の部屋なら分かるよ」


 松田先輩が言った。


「本当ですか?」


「ああ。俺の部屋の近くだから」


「じゃあ教えてもらっていいですか?」


「いいよ」


 松田先輩も立ち上がる。


「俺もちょうど修平を起こしに行こうと思ってたところだし」


「大野先輩ですか?」


「ああ。あいつも昨日、完全に潰れてただろ」


「そういえばそうでしたね」


「まだ来てないし、たぶん寝てるんだろ」


「じゃあ一緒に行きましょう」


「ああ」


 俺たちが席を立つと、千夏が聞いてきた。


「二人とも行くの?」


「俺は高志」


「俺は修平」


 松田先輩が答える。


「なるほど」


 千夏は納得したように頷いた。


「じゃあ私はここにいるね」


「俺も」


 神谷先輩はまだ朝食に手を伸ばしていた。


「まだ食うんですか?」


「腹減ってんだよ。朝から風呂二回入ったからな」


「またそれですか」


「いいだろ」


 俺は笑った。


「じゃあ高志連れて戻ってきます」


「はーい」


 千夏が手を振る。


「田野君にも、ちゃんと飯食えって言っとけ」


 神谷先輩が言った。


「先輩に言われたら説得力あるのかないのか分かりませんね」


「何でだよ」


「昨日一緒に潰れてたじゃないですか」


「でも俺はもう復活してる」


「風呂二回入って?」


「そう」


「絶対関係ないですよ」


 千夏が笑う。


 俺と松田先輩は、千夏と神谷先輩をダイニングホールに残し、そのまま部屋を出た。


 親友の具合を少し心配しながら。


     


 

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