第21話 朝のダイニングホール
神谷先輩と一緒に一階まで下り、昨日使ったグレートホールの前を通る。
そこから少し先へ進むと、ダイニングホールがあった。
「あ、ここか」
扉を開ける。
中はグレートホールほどではないものの、それでも十分広い。大きな窓から朝の光が入り、何組かのテーブルが並んでいた。
「お」
すでに何人か来ている。
千夏。
松田先輩。
そして少し離れたところには、使用人たちが控えていた。
「おはよう」
俺が声をかける。
「おはよー」
千夏が手を上げた。
「遅かったね」
「ちょっと風呂入ってた」
「朝から?」
「俺は一回だけな」
そう言って神谷先輩を見る。
「先輩は二回」
「二回?」
松田先輩が笑った。
「何やってんだよ」
「いいんだよ」
神谷先輩は気にした様子もなく、空いている席へ座った。俺もその隣へ座る。
すると、すぐに使用人が近づいてきた。
「おはようございます、若様」
「おはようございます」
「朝食をお持ちいたします」
「お願いします」
少し待つと、料理が次々と運ばれてきた。
パンに卵料理、サラダ、スープ、果物。飲み物まで揃っている。
「朝からすごいな……」
神谷先輩が感心している。
「昨日あれだけ食ったのに、普通に腹減るな」
「先輩、さっきも同じこと言ってましたよ」
「風呂二回入ったからな」
「関係あるんですか、それ」
そんな話をしていると、少し離れたところにいた久世さんがこちらへ歩いてきた。
「若様」
「はい?」
俺が顔を上げる。
「昨夜は皆様、遅くまでお楽しみでございましたので」
「ああ……」
俺は神谷先輩を見る。
「何で俺を見るんだよ」
「いや、別に」
「絶対昨日のことだろ」
久世さんは穏やかな笑みを浮かべたまま続ける。
「こちらにいらっしゃる間は、どうかお食事と睡眠を十分にお取りくださいませ」
「食事と睡眠?」
千夏が聞き返した。
「はい。よく召し上がり、よくお休みいただくことが何よりでございます」
「なんか、すごく健康的なこと言われてる」
千夏が笑った。
「昨日あれだけ飲んだからじゃない?」
俺が言うと、
「だから何で俺を見るんだよ」
神谷先輩が不満そうに言った。
「先輩、途中から記憶ないんですよね?」
「俺だけじゃないだろ」
「大野先輩たち、今ここにいませんから」
「ずるくない?」
松田先輩が笑う。
久世さんも俺たちのやり取りを見ながら、穏やかな口調で続けた。
「皆様には、できるだけ良い状態でお過ごしいただきたいのです」
「ありがとうございます」
俺が頭を下げる。
「そこまで気にしてもらわなくても大丈夫ですよ」
「とんでもございません。それも、私どもの務めでございますので」
「すみません」
「謝っていただくようなことではございません」
久世さんはテーブルを見渡した。
「それでは皆様、ごゆっくりお食事をお楽しみくださいませ」
最後に俺へ視線を向ける。
「若様」
「はい」
「私は一度、下がらせていただきます」
「あ、分かりました」
「何かございましたら、いつでもお呼びくださいませ」
「ありがとうございます、久世さん」
「では、失礼いたします」
久世さんは一礼すると、そのままダイニングホールを出ていった。
「……本当に至れり尽くせりだな」
松田先輩が呟く。
「ですね」
俺も頷いた。
食事まで用意してくれて、昨日酔いつぶれたみんなを部屋まで運んでくれて、今度は睡眠のことまで気にしてくれる。
父さんと母さんには、本当にいい人たちを用意してもらったらしい。
俺は料理に手をつけながら、向かいにいる千夏を見る。
「そういえば」
「何?」
「奈緒は?」
「ああ。もう食べ終わったよ」
「早っ」
「私が来たときにはもういたし」
「どこ行ったんだ?」
「シアタールーム」
「もう!?」
思わず声が出た。
「朝から映画?」
「昨日から行きたがってたじゃん」
「そうだけど……」
二日目の朝。
まだ登山計画どころか、全員揃ってすらいない。
なのに、もう遊び始めている。
「藤崎先輩は?」
「知らない」
千夏が首を傾げる。
「まだ来てないんじゃない?」
「昨日あれだけ飲んでましたしね」
俺が言うと、松田先輩が神谷先輩を見る。
「そういや神谷」
「ん?」
「お前、どこ行ってたんだよ」
「だから、風呂」
「朝から?」
「二か所」
「二か所?」
千夏も顔を上げた。
「一階の小浴場入ってから、三階の展望大浴場にも行ってきた」
「展望大浴場?」
「そう。広いし、窓もでかいし、街が全部見える。結構すごいぞ」
「昨日言ってた大浴場って、展望風呂だったんですか?」
「そうそう」
神谷先輩が嬉しそうに頷く。
「朝は誰もいなかったしな」
「だからって泳いじゃ駄目ですよ」
「それは言わなくてよくない?」
「何やってんだよ、お前」
松田先輩まで呆れた顔をする。
「いいだろ。誰もいなかったんだから」
「そういう問題じゃないですって」
千夏が笑う。
「でも、そんなにいいなら私もあとで行ってみようかな」
「絶対行った方がいいぞ」
神谷先輩が頷く。
「松田はまだ行ってないの?」
「俺?」
「昨日とか今朝とか」
「部屋のシャワーだけ」
「もったいねえ!」
神谷先輩が大げさに言う。
「お前、完全に損してるぞ」
「そんなに?」
「行けば分かる」
「じゃあ朝飯食ったら行ってみるかな」
「絶対行った方がいい」
「お前、いつから風呂の宣伝係になったんだよ」
松田先輩が笑った。
「そういやさ」
神谷先輩が今度は俺を見る。
「他にも何かあるの?」
「何がです?」
「遊べるところ」
「ああ」
俺は昨日のことを思い出した。
「先輩、説明聞いてないんでしたね」
「説明?」
「昨日、大野先輩たちと一緒に寝ちゃったじゃないですか」
「寝たんじゃなくて、酔いつぶれたんだろ」
松田先輩が言う。
「似たようなもんだ」
「違うだろ」
「そのあとですよ。久世さんが、この屋敷にある施設をいろいろ説明してくれたんです」
「何がある?」
「シアタールームとか」
「奈緒が行ったところ?」
千夏が言う。
「そう。あと遊技室。ビリヤードとかできるらしいです」
「へえ」
「軽いトレーニングができるところもありますし、庭の奥にはハイキングできる散策路もあるみたいです」
「そんなにあるの?」
神谷先輩が驚く。
「はい」
「俺、何も聞いてないんだけど」
「その頃には先輩、完全に潰れてましたから」
「マジか」
「マジです」
「じゃあ俺、かなり損してるじゃん」
「今から使えばいいじゃないですか」
「そうする」
神谷先輩が妙に真剣に頷いた。
「じゃあ藤崎がいないのも」
松田先輩が言う。
「どっか遊びに行ってんのかな」
「たぶんそうじゃないですか?」
俺は答える。
「昨日、あれだけ施設の話に食いついてましたし」
「シアターか、ビリヤードか」
「大浴場かもしれないですね」
「ありそう」
千夏が笑った。
すると神谷先輩が急に俺を見る。
「勝田」
「何です?」
「お前、気をつけろよ」
「何をです?」
「藤崎」
「……はい?」
「絶対あいつ、お前の彼女になりたいとか言ってくるぞ」
「…………」
俺は黙った。
「ほら」
神谷先輩が笑う。
「その顔」
「もう言われましたよ」
「え?」
神谷先輩の動きが止まった。
「昨日」
「……マジで?」
「マジです」
「神谷、お前その時もう潰れてたから知らないんだよ」
松田先輩が笑いながら言った。
「本当に言ってたぞ」
「何て?」
「『私が立候補しようかな』って」
俺が答える。
「うわ!」
神谷先輩が笑い出した。
「早え!」
「で、勝田は普通に断ってた」
松田先輩が続ける。
「断ったの!?」
「断りましたよ」
「藤崎、振られたのか!」
「いや、そもそも本気じゃないですよ」
「何で?」
「この屋敷目当てだったんで」
「やっぱり!」
神谷先輩が大笑いした。
「絶対そうだと思った!」
「お前、その場にいなかっただろ」
松田先輩が突っ込む。
「今聞いて分かったんだよ!」
「後出しじゃん」
「うるせえ」
千夏も笑っている。
「でも、藤崎先輩結構楽しそうだったよね」
「楽しそうっていうか、完全に屋敷に食いついてたよな」
松田先輩が言う。
「ですよね」
俺はため息をついた。
「藤崎って、そういうところあるからな」
神谷先輩が言う。
「どういうところです?」
「金持ち好き」
「そうなんですか?」
「まあ、冗談半分だろうけどな」
松田先輩が笑う。
「でも昨日さ」
「はい」
「勝田がいないところでも、結構お前のこと聞いてきたぞ」
「……何をです?」
「いろいろ」
俺は少し嫌な予感がした。
「兄弟いるのか、とか」
「……」
「実家どの辺なのか、とか」
「……」
「親父さん何してる人なのか、とか」
「……」
俺は思わず嫌な顔をした。
それを見て、三人が一斉に笑った。
「その顔!」
千夏まで笑う。
「弘、めちゃくちゃ嫌そう」
「そりゃ嫌ですよ!」
「完全に身辺調査じゃん」
松田先輩が笑った。
「だから言っただろ」
神谷先輩も笑っている。
「気をつけろって」
「今初めて聞いたくせに、何で先輩が一番偉そうなんですか」
「細かいこと気にすんな」
「細かくないですよ」
「でもさ」
松田先輩が言う。
「別に付き合ってもいいと思うけどな」
「はい?」
「藤崎、普通に美人だろ」
「それは……まあ」
「お」
神谷先輩が反応する。
「今ちょっと認めたぞ」
「そういう意味じゃないですよ!」
「じゃあ付き合えば?」
「簡単に言わないでくださいよ!」
「でも」
松田先輩が笑う。
「藤崎と付き合うのは大変そうだけどな」
「分かる」
神谷先輩が即答する。
「金かかりそう」
「ちょっと!」
千夏が笑う。
「本人いないからって言いたい放題じゃないですか」
「本人いたら言わないよ」
「余計悪いですよ」
俺も思わず笑ってしまった。
「まあ」
神谷先輩が俺を見る。
「気をつけろよ、若様」
「だから若様はやめてください」
「金持ちの若様は狙われるからな」
「昨日のこと知らなかった人に言われたくないですよ」
「今は知ってるからいいだろ」
「よくないです」
三人がまた笑う。
朝から何の話をしてるんだ。
そう思いながらも、俺もつられて笑っていた。
昨日あれだけ騒いだのに、朝になっても結局、俺たちは同じようにくだらない話をしていた。




