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黄金の約束  作者: ハイエント
第一章 黄金の屋敷

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18/42

第18話 夢


 ベッドに入ってから、どれくらい経ったのか分からない。


 身体は疲れていたはずだった。


 部屋へ戻って。


 シャワーを浴びて。


 ベッドに横になって。


 そのまま眠ったはずなのに。


 眠りに落ちた感覚すら。


 ほとんどなかった。


 気がつくと。


 俺は、暗闇の中に立っていた。


「……ここ」


 何もない。


 どこまで続いているのかも分からない暗闇。


 足元さえ。


 はっきりとは見えない。


 それなのに。


 俺は、この場所を知っていた。


「……また、この夢か」


 前にも見た。


 何度か繰り返している夢。


 暗闇。


 誰かの気配。


 そして。


 女の声。


 俺はゆっくりと辺りを見回した。


 すると。


 少し離れたところに。


 人影が立っていた。


「…………」


 女だった。


 長い黒髪。


 異様なほど白い肌。


 身体には。


 黒いコートのようなものを羽織っている。


「……また、あの女だ」


 間違いない。


 前の夢にも出てきた女。


 顔は。


 やっぱりよく見えない。


 長い髪がかかっていて。


 表情までは分からなかった。


 ただ。


 女がこちらを見ている。


 それだけは分かった。


「…………」


 逃げた方がいい。


 一瞬。


 そう思った。


 理由なんてない。


 ただ。


 ここにいてはいけないような気がした。


 俺は後ろへ下がろうとする。


「……え?」


 身体が動かない。


 足に力を入れているはずなのに。


 一歩も下がれない。


 腕も。


 身体も。


 まるで何かに固定されているみたいに。


 動かなかった。


「何だよ、これ……」


 声だけは出る。


 でも。


 それ以外は何もできない。


 俺はその場に立ったまま。


 女を見ることしかできなかった。


 しばらく。


 何の音もしなかった。


 そして。


 女がゆっくりと口を開いた。


「やっと、来てくれましたね」


「……え?」


 静かな声だった。


 前に聞いた声と。


 同じだった。


 優しい声。


 なのに。


 なぜか背中が冷たくなる。


「ずっと、待っていました」


「…………」


 女は。


 どこか嬉しそうだった。


「あの……」


 返事はない。


「俺のこと……知ってるんですか?」


「…………」


 答えない。


 ただ。


 俺を見ている。


「前にも会ったことがあるんですか?」


「…………」


「あなたは誰なんです?」


「…………」


「何で俺の夢に出てくるんですか?」


 何も答えない。


「俺に何か用があるんですか?」


「…………」


 やっぱり。


 女は黙ったままだった。


「何なんだよ……」


 向こうから話しかけてきたくせに。


 俺が何を聞いても。


 一つも答えてくれない。


 聞こえていないわけではない。


 俺が話すたびに。


 こちらをじっと見ている。


 でも。


 答える気はないらしい。


「…………」


 しばらく。


 沈黙が続いた。


 どれくらい経ったのかは。


 分からない。


 数秒だったのか。


 もっと長かったのか。


 夢の中だからなのか。


 時間の感覚まで。


 曖昧だった。


 やがて。


 女が再び口を開いた。


「もうすぐです」


「……何が?」


 当然。


 答えはない。


「もうすぐ」


 女は。


 俺の質問など聞こえなかったかのように続けた。


「会えますから」


「……会える?」


 胸の奥が。


 ざわついた。


「誰に?」


「…………」


「あなたに?」


「…………」


「どこで会うんですか?」


 答えない。


「俺、あなたのこと知らないですよ」


「…………」


 女は。


 静かに微笑んでいる。


 そして。


「それに」


「…………」


 声が。


 ほんの少しだけ。


 嬉しそうになった。


「ちゃんと、ここまで連れて来てくれましたね」


「……連れて来た?」


 何を?


 誰を?


「何のことですか?」


「ありがとうございます」


「いや、だから何を――」


「ずっと」


「…………」


「この時を待っていたんです」


「この時?」


 答えはない。


「俺たちがこの屋敷に来たこと、知ってるんですか?」


「…………」


「誰を連れて来たって言ってるんです?」


「…………」


「友達のことですか?」


「…………」


 何も答えない。


 ただ。


 その口元に。


 小さな笑みだけが浮かんでいる。


「…………」


 気味が悪い。


 声は優しい。


 俺に敵意があるようにも見えない。


 むしろ。


 心から喜んでいるようにすら見える。


 だからこそ。


 怖かった。


「弘」


「……!」


 突然。


 名前を呼ばれた。


 心臓が。


 大きく鳴った。


「何で……」


 俺は女を見つめる。


「何で俺の名前を知ってるんですか?」


「…………」


 答えない。


「誰から聞いたんです?」


「…………」


「やっぱり、俺のこと知ってるんですか?」


「…………」


 何を聞いても。


 女は答えてくれない。


 そして。


「約束も」


「…………」


 穏やかな声で。


 そう言った。


「最後まで、守ってくださいね」


「約束……?」


 また。


 その言葉。


 前の夢でも。


 確か。


 同じことを言われた。


「何の約束ですか?」


「…………」


「俺、誰かと約束したんですか?」


「…………」


「あなたと?」


「…………」


「教えてください」


 返事はない。


「何の約束なんです?」


「…………」


「俺、そんな約束した覚えないですよ」


「…………」


「いつしたんです?」


 答えない。


「何を守ればいいんですか?」


「…………」


「何なんだよ……」


 俺は。


 だんだん苛立ってきた。


 知っているのは。


 向こうだけ。


 俺の名前も。


 俺がここへ来たことも。


 俺が何かを連れて来たことも。


 そして。


 俺自身が知らない。


 何かの約束まで。


 女は全部知っている。


 なのに。


 俺が何を聞いても。


 何一つ教えてくれない。


「…………」


 女は。


 そんな俺を見て。


 少しも困った様子を見せなかった。


 ただ。


 静かに微笑んでいる。


 そして。


 ゆっくりと。


 手を上げた。


 白い指が。


 顔にかかっていた長い黒髪へ触れる。


 そっと。


 髪をかき上げた。


「…………」


 俺は息を呑んだ。


 今まで隠れていた顔が。


 初めて。


 はっきりと見えた。


 綺麗だった。


 思わず。


 言葉を失うくらいに。


 整った顔。


 白い肌。


 長い黒髪。


 暗闇の中なのに。


 不思議なくらい。


 その顔だけはよく見えた。


 でも。


 綺麗なのに。


 やっぱり。


 どこか普通じゃない。


 何が違うのか。


 自分でも分からない。


 ただ。


 人間を見ているのとは。


 少し違うような。


 そんな感じがした。


 女は。


 俺の顔を見ながら。


 にっこりと微笑んだ。


 そして。


 初めて。


 俺が聞いていたことの一つだけを。


 自分から教えた。


「私の名は、セラと申します」


「……セラ?」


 俺は。


 その名前を繰り返した。


 聞き覚えはない。


 でも。


 妙に。


 耳に残る名前だった。


「セラ……さん?」


 今度も。


 返事はない。


 セラは。


 ただ。


 微笑んでいる。


 その瞬間だった。


「……え?」


 暗闇の中に。


 小さな光が浮かんだ。


 最初は。


 一つ。


 ほんの小さな。


 黄金色の光。


 それが。


 二つ。


 三つ。


 少しずつ増えていく。


「何だ……これ」


 金色の光が。


 セラの周囲に浮かんでいる。


 まるで。


 暗闇の中を漂う。


 無数の小さな光。


「セラさん?」


 返事はない。


 光は。


 さらに増えていく。


 十。


 二十。


 もう。


 数えられない。


 セラの姿が。


 黄金色の光に包まれていく。


「…………」


 その光を見た瞬間。


 なぜか。


 胸の奥がざわついた。


 綺麗なのに。


 見てはいけないものを。


 見ているような。


 そんな気がした。


「何なんですか、これ」


 当然。


 答えはない。


 セラは。


 最後まで。


 ただ。


 微笑んでいた。


 そして。


 光が。


 一気に強くなった。


「っ……!」


 眩しい。


 黄金色の光が。


 暗闇を呑み込んでいく。


 セラの姿も。


 足元も。


 何もかも。


 見えなくなっていく。


「待って!」


 俺は叫んだ。


「まだ聞きたいことが――」


 さらに。


 光が強くなる。


「セラさん!」


 真っ白に近い。


 黄金色の光。


 何も見えない。


「――っ!」


 俺は目を開けた。


「…………」


 真っ暗な部屋だった。


「はぁ……はぁ……」


 息が荒い。


 心臓が。


 ものすごい速さで鳴っている。


「…………」


 俺はしばらく。


 ベッドの上で。


 動けなかった。


 夢。


 今のは。


 夢だ。


「……またか」


 見慣れない天井。


 それを見て。


 ようやく。


 自分が屋敷に泊まっていることを思い出す。


 窓の外は。


 まだ暗い。


 夜中なのか。


 もう明け方なのか。


 時間までは分からない。


「…………」


 俺は。


 ゆっくりと身体を起こした。


 目を覚ましたはずなのに。


 瞼の裏には。


 まだ。


 あの光が残っているような気がした。


 黄金色の光。


 そして。


「……セラ」


 気づけば。


 その名前を口にしていた。


 今までの夢では。


 あの女が何者なのか。


 何も分からなかった。


 でも。


 今回は。


 一つだけ。


 教えてくれた。


 名前。


「セラさん……」


 もう一度。


 小さく呟く。


 何を待っていたのか。


 何を連れて来たというのか。


 誰と会えるというのか。


 何の約束を守れと言っているのか。


 それは。


 何一つ分からないまま。


 セラという名前と。


 あの黄金色の光だけが。


 目を覚ましたあとも。


 妙にはっきりと。


 頭の中に残っていた。


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