第17話 宴会のあと
グレートホールを出た俺たちは、そのまま四人で階段へ向かった。
俺。
奈緒。
千夏。
藤崎先輩。
さっきまであれだけ騒がしかったせいか。
廊下へ出ると、急に屋敷の中が静かになったように感じる。
「なんか静かだね」
奈緒も同じことを思ったらしい。
「さっきまでうるさすぎたんだよ」
「誰のせい?」
「少なくとも俺じゃない」
「ほんとに?」
「俺は最後まで登山計画やろうとしてただろ」
「ああ」
千夏が笑う。
「最後は普通に飲んでたけどね」
「誰のせいだよ」
「弘が自分で飲んだんでしょ?」
「散々勧められたんだよ!」
三人が笑った。
階段を上がる。
女性陣三人の部屋は二階。
俺の部屋は三階だ。
二階へ着いたところで、三人が足を止めた。
「じゃあ、私はこっち」
奈緒が言う。
「私も」
千夏も自分の部屋がある方向を見る。
「藤崎先輩も二階でしたよね?」
「うん」
「じゃあ俺は上なんで」
そう言って階段へ向かおうとすると。
「ねえ、勝田君」
藤崎先輩に呼び止められた。
「はい?」
「このあとさ」
藤崎先輩が少しだけ俺へ近づく。
「私の部屋、寄ってく?」
「……はい?」
「ちょっと飲み直す?」
「まだ飲むんですか!?」
思わず声が大きくなった。
藤崎先輩が笑う。
「冗談だって」
「先輩の場合、半分くらい本気に聞こえるんですよ」
「じゃあ、お酒なしなら?」
「いや、いいですよ」
「即答?」
「それより」
俺は藤崎先輩を見る。
「明日、ちゃんと起きてくださいよ」
「えー」
「明日こそ登山計画立てるんですから」
「まだ諦めてないんだ」
「何のためにここまで来たと思ってるんですか」
「宴会?」
「違います!」
奈緒と千夏が笑い出す。
「ほんと真面目だねえ」
藤崎先輩が俺を見る。
「そういうところ、結構好きだけどね」
「……」
一瞬。
言葉に詰まった。
「先輩!」
奈緒がすぐに声を上げる。
「また!」
「何?」
「また抜け駆けしてる!」
「そうですよ」
千夏まで加わる。
「さっきから先輩だけ弘にアピールしすぎです」
「いいじゃん。早い者勝ちでしょ?」
「またそれ言う!」
「そんなルールないですから!」
奈緒と千夏が騒ぎ始める。
「……もういいです」
俺はため息をついた。
「三人とも、早く寝てください」
「逃げた」
奈緒が笑う。
「逃げてない!」
「照れてる?」
「照れてない!」
「顔見せて」
「嫌だよ!」
三人がまた笑った。
完全に酔っ払いだ。
「とにかく」
俺は三人を順番に見る。
「明日ですからね」
「はーい」
奈緒。
「起きます」
千夏。
「たぶん」
藤崎先輩。
「先輩だけ信用できない!」
「冗談、冗談」
「今日何回聞いたんだろ、それ」
俺はもう一度ため息をつく。
「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」
「また明日」
「おやすみ、勝田君」
三人はそれぞれの部屋へ向かっていった。
俺はその背中を少しだけ見送ってから。
一人で階段を上り始めた。
◇ ◇ ◇
三階へ向かいながら。
今日一日のことを思い返す。
「……結局、何も決まらなかったな」
料理は美味しかった。
酒も美味しかった。
屋敷も想像していた以上に豪華だった。
みんな楽しそうだったし。
俺だって、最後にはかなり楽しんでいた。
それ自体はいい。
いいんだけど。
本来の目的だった秋の登山計画は。
本当に何一つ決まっていない。
行く山。
日程。
泊まりなのか日帰りなのか。
誰が何を持っていくのか。
何もだ。
「下手したら、何日いることになるんだよ……」
思わず呟く。
もちろん。
ここに泊まること自体は問題ない。
部屋もある。
食事もある。
久世さんたちは、何でも用意してくれる。
けれど。
だからって、いつまでも好き勝手していいわけじゃない。
父さんと母さんが用意してくれた場所だ。
久世さんたちにも、ずっと世話をさせることになる。
「明日には決めないとな」
できれば。
明日の夜には帰りたい。
少なくとも。
登山計画だけは明日の昼までにまとめる。
そうしないと。
夜になったら。
また同じことになる気がした。
奈緒と千夏は、明日も酒を飲む気満々だった。
藤崎先輩も。
高志だって絶対飲む。
大野先輩や神谷先輩は言うまでもない。
松田先輩まで、今日の途中から普通に飲んでいた。
「……昼までが勝負だな」
俺は一人で頷いた。
そのとき。
三階まで上がったところで。
ふと、廊下の窓が目に入った。
「……」
何となく足を止める。
窓の向こう。
丘の下には、夜の稲田市が広がっていた。
「……綺麗だな」
昼間とは。
まるで違う景色だった。
住宅街に点々と灯る明かり。
道路を流れていく車のライト。
少し離れた場所には、駅周辺の明るい光がまとまって見える。
さらに遠くには。
マンションの窓。
店の看板。
街灯。
無数の小さな光が。
暗い街の中に散らばっている。
昼間なら簡単に見分けられた建物も。
今はほとんど輪郭しか分からない。
その代わり。
夜の中に浮かぶ明かりだけが。
妙にはっきりと見えた。
「……そうだ」
また。
何かを思い出した。
昼間に窓から街を見下ろしたときと同じだった。
子供の頃。
夜になってからも。
俺はこの丘の上から街を眺めたことがある。
どこの窓だったのか。
誰と一緒だったのか。
そこまでは覚えていない。
ただ。
暗い街の中に。
たくさんの光が広がっていた。
その景色だけは。
何となく覚えている。
「……夜もこんな感じだったな」
俺は窓の前に立ったまま。
しばらく街を眺めた。
屋敷は。
やっぱり昔とは違って見える。
中の造りも。
部屋も。
門も。
庭も。
ほとんど覚えていない。
でも。
丘の上から見える景色は。
昼も。
夜も。
俺の記憶の中にあるものと。
あまり変わっていなかった。
「やっぱり、ここなんだな」
小さく呟く。
昼間にも。
何度も確認したことなのに。
夜景を見ていると。
今度こそ。
本当に納得できたような気がした。
俺はそのまま。
しばらく窓際にいた。
さっきまでの騒がしい宴会が。
もうずいぶん前のことのように感じる。
身体に残っていた酒も。
少しずつ落ち着いてきた。
「……疲れたな」
思えば今日は。
駅に集まって。
買い物をして。
重い荷物を持って坂を上って。
屋敷に着いて。
部屋を見て。
みんなに散々いじられて。
登山計画を立てようとして。
結局、宴会になって。
最後には俺まで酒を飲んだ。
そりゃ疲れる。
「もう寝るか」
窓から離れる。
部屋へ戻って。
少し休んでから。
シャワーでも浴びよう。
それから今日は。
さっさと寝る。
明日は。
今度こそ。
ちゃんと登山計画を決める。
「昼までに終わらせよう」
そう決めて。
俺は自分の部屋へ向かった。
廊下を歩く俺の後ろには。
夜の稲田市の光が。
静かに広がっていた。




