第16話 最後の一本
結局。
俺が酒を飲み始めてからも、宴会はしばらく続いた。
料理を食べて。
酒を飲んで。
くだらない話をして。
笑う。
そんなことを繰り返しているうちに。
「……全滅してるな」
俺はテーブルの向こうを見た。
大野先輩は、とっくにテーブルへ突っ伏している。
神谷先輩も椅子にもたれたまま目を閉じていた。
松田先輩まで完全に動かなくなっている。
そして。
「高志」
「……」
「おい」
「……」
「お前までかよ」
高志も椅子に深く座り込み、完全に寝ていた。
これで。
俺以外の男四人。
全員、酔いつぶれた。
「弱いねえ」
千夏がワイングラスを持ったまま笑う。
「お前が言うなよ」
「私まだ全然平気だよ?」
「それがおかしいんだって」
奈緒も普通に飲んでいる。
藤崎先輩もまだ起きていた。
男たちが次々と潰れていったのに。
なぜか女性陣三人は全員残っている。
「久世さん」
俺が声をかけると、少し離れた場所にいた久世さんがすぐに近づいてきた。
「はい、若様」
俺は眠っている四人を見る。
「こいつら、このままにしておいても大丈夫ですよ」
「いえ」
久世さんは穏やかに首を横に振った。
「そういうわけにはまいりません」
「でも完全に寝てますよ?」
「皆様、それぞれのお部屋までお送りいたします」
「大丈夫ですか?」
「もちろんでございます」
久世さんが近くに控えていた使用人たちへ目を向けた。
すぐに何人かがこちらへやってくる。
「こちらの皆様を、お部屋まで」
「かしこまりました」
まず大野先輩が起こされる。
「大野様。お部屋までご案内いたします」
「んー……」
返事になっていない。
それでも何とか立ち上がらされ、使用人に支えられながら歩いていく。
神谷先輩も。
松田先輩も。
そして高志も。
「高志、部屋戻るぞ」
「……分かった」
「絶対分かってないだろ」
目すらまともに開いていない。
使用人に支えられながら、高志もグレートホールを出ていった。
やがて。
男四人が全員いなくなる。
「……静かになったな」
「そう?」
奈緒が言う。
「私たちいるけど」
「そういう意味じゃない」
俺は時計を見る。
かなり遅い時間になっていた。
「そろそろお開きにしましょう」
「えー」
すぐに千夏から不満の声が出る。
「まだ飲めるよ?」
「飲めるかどうかの話じゃない」
「私もまだいける」
奈緒までグラスを上げる。
「だから飲みすぎだって」
「大丈夫だよ」
「さっき潰れた男たちも途中までそう言ってたからな」
藤崎先輩が笑った。
「それは確かに」
「ほら」
俺は三人を見る。
「また明日飲めばいいじゃないですか」
「明日もいいの?」
千夏がすぐに久世さんを見る。
「久世さん、明日もお酒ってあります?」
「もちろんでございます」
「ほら!」
「何が『ほら』なんだよ」
「明日も飲めるって」
「だから今日は終わりにしろって言ってるんだよ!」
奈緒がテーブルの上を見る。
そこには、まだ開けていないワインが一本残っていた。
「じゃあさ」
「何?」
「これ一本だけ」
「駄目」
「まだ何も言ってないじゃん」
「絶対『これ飲んだら終わり』って言うつもりだっただろ」
「……すごい」
「何がだよ」
「当たった」
「分かりやすすぎるんだよ!」
千夏が笑う。
「じゃあ本当にこれ一本だけ」
「そうそう」
藤崎先輩まで頷いた。
「これを三人で飲んだら終わり」
「先輩まで……」
「約束する」
「信用していいんですか?」
「たぶん」
「もうその時点で信用できないですよ」
三人が笑った。
俺は大きくため息をつく。
「……本当に一本だけですよ」
「やった」
「それ飲んだら終わりですからね」
「分かってるって」
俺は久世さんを見る。
「久世さん、俺、この三人が終わるまでいますから、もう他のお仕事に戻っても大丈夫ですよ」
「いえ」
即答だった。
「え?」
「そういうわけにはまいりません」
「でも、いつ飲み終わるか分からないですよ?」
「若様をお世話することも、私の務めでございますので」
「……」
一瞬。
俺は何も言えなかった。
「うわ」
千夏が声を上げる。
「今のすごい」
「何が?」
「『若様をお世話することも、私の務めでございます』だって」
奈緒まで笑い出す。
「本物の坊ちゃんみたい」
「みたいじゃなくて本物なんじゃない?」
藤崎先輩まで乗ってくる。
「やめてくださいよ!」
「若様」
「もういいですから!」
俺はワインを指さした。
「早くそれ飲んじゃってください!」
「分かった分かった」
藤崎先輩が笑いながらワインを開ける。
「じゃあ若様にも」
「俺はいらないですよ」
「駄目」
「何で?」
「一人だけ仲間外れはかわいそうでしょ」
「別にかわいそうじゃ――」
言い終わる前に。
目の前へグラスが置かれた。
「はい」
「……」
「最後の一杯」
「さっき最後の一本って言ってませんでした?」
「同じようなものじゃん」
「全然違いますよ」
とはいえ。
俺ももう多少は酒が入っている。
今さら一杯増えたところで、大した違いはない。
「……分かりましたよ」
俺はグラスを受け取った。
「乾杯」
「また乾杯するんですか?」
「最後だから」
「今日何回目だよ……」
それでも。
俺もグラスを上げる。
「乾杯」
四つのグラスが軽く触れた。
◇
それから。
本当に最後の一本が空になった。
「はい」
俺は空になった瓶を指さす。
「終わり」
「はーい」
奈緒が素直に返事をする。
「今日はここまで」
「分かってるって」
千夏も立ち上がった。
藤崎先輩も席を立つ。
三人とも、酔っているのは間違いない。
頬も少し赤い。
話し方も、いつもより少しだけ緩い。
でも。
足元は普通だった。
「……元気だな、お前ら」
「何が?」
奈緒が振り返る。
「普通に歩けるんだなと思って」
「これくらいで?」
「これくらいって……」
奈緒と千夏は、かなり早い時間から飲んでいる。
藤崎先輩より明らかに長い。
こいつら。
一体どれだけ飲んだんだ。
というか。
ワイン何本空けた?
「……酒代のかかる女たちだな」
「何か言った?」
「何も」
「今絶対何か言った」
「気のせいだ」
俺は誤魔化しながら立ち上がった。
改めてグレートホールを見る。
テーブルの上には大量の皿。
空になったグラス。
酒瓶。
ビールの空き缶。
完全に宴会のあとだった。
「……これ」
俺は久世さんを見る。
「このままでいいんですか?」
「はい」
「でも、片付け大変ですよね」
「こちらで片付けておきますので、ご心配には及びません」
「すみません」
「謝っていただくようなことではございません」
久世さんはいつもの穏やかな笑みを浮かべた。
「皆様に快適にお過ごしいただくことも、私どもの務めでございますので」
「……ありがとうございます」
俺は頭を下げた。
「今日は本当にありがとうございました」
「とんでもございません」
久世さんも静かに頭を下げる。
「若様も、お部屋までお送りいたしましょうか?」
「あ、大丈夫です」
「左様でございますか」
「はい。普通に歩けますから」
「かしこまりました」
奈緒たちはすでに扉のところまで歩いていた。
「弘ー」
「早くー」
「置いてくよ?」
「はいはい」
俺は久世さんを振り返る。
「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさいませ、若様」
グレートホールを出る。
長かった宴会は。
ようやく終わった。
登山計画は、何一つ決まらなかった。
高志たち男四人は酔いつぶれ。
奈緒たち三人は散々飲んだのに、まだ普通に歩いている。
そして俺まで。
最後には一緒になって酒を飲んでいた。
結局。
俺たちは何をしにここまで来たんだろう。
そんなことを思いながら。
俺は三人のあとを追って、グレートホールをあとにした。




