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黄金の約束  作者: ハイエント
第一章 黄金の屋敷

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第14話 何も決まらない

 

 しばらくして。


 グレートホールの扉が開いた。


「すごかった!」


 入ってくるなり、藤崎先輩が声を上げた。


「何なんだよ、あの部屋」


 その後ろから松田先輩も入ってくる。


「普通のホテルより広いだろ」


「だから俺に言われても分からないですって」


 俺が答えると、藤崎先輩が笑った。


「ベッドも大きいし、家具もすごいし」


「風呂もちゃんとしてるしな」


「私、普通に住める」


「先輩までそれ言います?」


「だって住めるよ、あれ」


「でもいいのか?あんな部屋 ただで泊まらせてもらって」


「別に構いませんよ、親父がいいって言ってましたから」


 俺は適当に答えた。


 二人は自分たちの泊まる部屋について、まだ興奮しているらしい。


 俺たちが最初に部屋へ案内されたときと、ほとんど同じ反応だった。


「とりあえず座ってください」


 俺は空いている席を指さした。


「ただし」


「何?」


 藤崎先輩が俺を見る。


「二人はまだ酒飲まないでくださいね」


「え?」


「何で?」


 松田先輩まで不満そうな顔をする。


「何でって」


 俺は周りを見回した。


 大野先輩。


 神谷先輩。


 高志。


 奈緒。


 千夏。


 すでに全員飲んでいる。


「これ以上酔っ払い増えたら、本当に登山計画できなくなるんで」


「酔っ払いって誰のことだ?」


 大野先輩が言った。


「先輩です」


「俺は酔ってないぞ」


「その台詞、さっきも聞きました」


 みんなが笑った。


「まあ、勝田の言う通りだな」


 松田先輩が席につく。


「俺たちはまだ飲まないでおくか」


「お願いします」


「ちゃんと計画進めてからな」


「そうしてください」


 ようやくまともな人が増えた。


 そう思って、俺も少し安心した。


 藤崎先輩も俺の向かいに座る。


 そして。


 なぜかじっと俺の顔を見てきた。


「……何ですか?」


「ねえ、勝田君ってさ」


「はい」


「彼女いないんだよね?」


「……はい?」


 突然の質問に、思わず聞き返した。


「彼女」


「いないですけど」


「本当に?」


「本当ですよ」


 何で今そんなことを聞くんだろう。


 そう思っていると。


 藤崎先輩が少し身を乗り出してきた。


「じゃあさ」


「はい」


「私が立候補しようかな」


「……え?」


 一瞬。


 何を言われたのか分からなかった。


「おお?」


 高志が妙な声を上げる。


「先輩?」


 俺も思わず藤崎先輩を見る。


 藤崎先輩は普通に綺麗な人だ。


 そんな人に急にそんなことを言われれば。


 悪い気がしないはずもない。


 というか。


 普通にちょっと嬉しい。


 でも。


「ちょっと先輩!」


 奈緒が声を上げた。


「それ、ずるくないですか?」


「そうですよ!」


 千夏まで乗ってくる。


「急に抜け駆けじゃないですか!」


「いいじゃん」


 藤崎先輩が笑う。


「早い者勝ちでしょ?」


「そんなルールないです!」


「じゃあ今作った」


「ずるい!」


 奈緒と千夏が騒ぎ始める。


 俺はそんな三人を見ながら、少し考えた。


 そして。


「……藤崎先輩」


「何?」


「それ」


「うん」


「俺じゃなくて、この屋敷目当てですよね?」


 一瞬。


 藤崎先輩が黙った。


「……」


「……」


 俺が見つめていると。


 藤崎先輩は小さく舌を出した。


「バレた?」


「やっぱり!」


 その瞬間、みんなが笑い出した。


「見え見えだろ!」


 松田先輩が笑う。


「目的が勝田じゃなくて家じゃねえか!」


「だってこんなところに住めるんだよ?」


 藤崎先輩は悪びれもしない。


「魅力的じゃん」


「俺の魅力どこ行ったんですか!」


「まあ、少しはあるよ」


「少しかよ!」


「屋敷込みならかなりある」


「込みにするな!」


 また笑われた。


「じゃあ」


 奈緒が千夏を見る。


「まだ私たちにもチャンスあるね」


「あるある」


 千夏も頷く。


「ないよ」


 俺は即答した。


「えー!」


 二人同時に声を上げる。


「何で!?」


「何でって」


 俺は二人を見る。


「お前らみたいに平気で嘘つくやつはちょっと」


「嘘?」


 奈緒がきょとんとする。


「何のこと?」


 千夏まで知らない顔をする。


「ほら、それだよ!」


「私たち嘘なんかついてないよ?」


「ついたろ!」


「いつ?」


「さっき!」


 俺は藤崎先輩と松田先輩を見る。


「この二人、さっき酒飲んでるのに『私たち酒なんか飲んでない』って言い張ったんですよ」


「え?」


 藤崎先輩が奈緒たちを見る。


「どういうこと?」


「しかも理由がすごいですよ」


 俺は続ける。


「『ワインが酒だって知らなかった』って」


「……」


 松田先輩が黙った。


 藤崎先輩も黙った。


 奈緒と千夏は笑いを堪えている。


 数秒して。


「……無理ありすぎじゃない?」


 松田先輩が言った。


 俺は吹き出した。


「ですよね!」


「もっと何かなかったの?」


 藤崎先輩まで笑う。


「その場で思いつかなかったんですよ!」


 奈緒が言い訳する。


「ちょっと酔ってたし!」


「だから酔ってるって認めてるじゃん!」


「今のは違う!」


「何が違うんだよ!」


 千夏まで笑い出した。


「仕方ないじゃん。弘が急に聞くから」


「俺のせいにするな!」


 またグレートホールに笑い声が響いた。


「はいはい!」


 俺は手を叩いた。


「もういいです!」


「何が?」


 高志が聞く。


「そろそろ本当に登山の話しましょう!」


「ああ」


 高志が思い出したように頷く。


「そうだったな」


「お前、本気で忘れてただろ」


「覚えてたって」


「絶対嘘だ」


 俺はスマートフォンをテーブルの上に置いた。


「せっかく全員揃ったんですから、少しくらい進めましょうよ」


「そうだな」


 松田先輩が頷く。


「まず何から決める?」


「候補の山からでいいんじゃないですか?」


 俺が言う。


「秋なんで、紅葉が綺麗なところとか」


「それいいね」


 藤崎先輩も頷いた。


 よし。


 今度こそ進みそうだ。


 そう思った。


「私さあ」


 千夏がグラスを持ったまま言った。


「ワインが美味しく飲めるところがいい」


「……」


 俺は千夏を見る。


「何?」


「お前は何しに山へ行くつもりなんだよ」


「登山」


「今、ワインが一番最初に出てきただろ」


「登山したあとに飲むんだよ」


「まあ、それならまだ分かるけど」


「景色見ながらワインとか絶対美味しいよね」


 奈緒まで乗ってきた。


「紅葉見ながらとか最高じゃない?」


「登山の話をしてください」


「してるよ」


「半分くらい酒の話だろ!」


「じゃあさ」


 奈緒が俺を見る。


「弘、山の近くに別荘とか持ってないの?」


「何である前提なんだよ!」


「だって、こんな屋敷あるじゃん」


「だから俺が持ってるんじゃなくて、親が持ってるんだよ!」


「でもありそう」


「あ、それいいね」


 藤崎先輩まで乗ってきた。


「勝田君、山の近くにも何かないの?」


「ないですよ」


 少し考える。


「……たぶん」


「たぶんなんだ」


「そこはもう突っ込まないでください!」


 みんなが笑う。


「もし別荘あるなら、そこに泊まればいいじゃん」


 千夏が言う。


「登山して、帰ってきて、みんなで飲む」


「それなら楽しそう」


 奈緒も頷く。


「ね」


「だから別荘があるって決まってないから!」


「じゃあさ」


 奈緒が辺りを見回した。


「ここでもよくない?」


「何が?」


「次もここで宴会」


「賛成」


 千夏がすぐに手を上げた。


「私も」


 藤崎先輩まで手を上げる。


「部屋広いし、料理美味しいし」


「酒もあるしな!」


 大野先輩がグラスを掲げた。


「いいな、それ!」


 神谷先輩まで乗ってくる。


「俺も賛成」


 高志も手を上げた。


「ちょっと待て!」


 俺は慌てて止める。


「今、登山の話してるんですよね?」


「してるだろ?」


 高志が言う。


「どこがだよ!」


「登山したあと、ここで宴会」


「それならまだギリギリ分かるけど!」


「じゃあ登山なしでここ」


「もっと違う!」


 笑い声が上がる。


「そもそも!」


 俺はテーブルの上を指さした。


「ここで宴会したいって、それ今やってるじゃないですか!」


 一瞬。


 全員が黙った。


 奈緒が辺りを見る。


 料理。


 酒。


 グラス。


 酔っ払い。


「あ」


 奈緒が言った。


「本当だ」


「気づいてなかったのかよ!」


 また笑い声が上がった。


 そこから先も。


 俺は何度か話を戻そうとした。


「じゃあ、とりあえず日程だけでも」


「十月?」


「十一月でもよくない?」


「寒くない?」


「温泉あるところがいい」


「それいい」


「飯も美味しいところ」


「酒も」


「また酒!」


 日程の話をすれば、温泉の話になり。


 山の話をすれば、料理の話になり。


 宿泊するかどうかを話せば、いつの間にか勝田家が別荘を持っていないかという話になる。


「だから!」


 何度目か分からない声を上げる。


「まず山を決めましょうよ!」


「山なあ」


 高志が考えるような顔をした。


「登ったあとにビール飲めるところがいい」


「お前はもう黙ってろ」


「何でだよ」


「さっきから酒のことしか考えてないだろ!」


「そんなことないぞ」


「じゃあ何考えてた?」


「つまみ」


「もっと駄目じゃねえか!」


 みんなが笑う。


 俺も。


 とうとう笑ってしまった。


 これはもう駄目だ。


 テーブルの上には、最初に出した予定が残っている。


 スマートフォンには候補になりそうな山もいくつか表示されている。


 なのに。


 何一つ決まっていない。


 行く山も。


 日程も。


 日帰りなのか泊まりなのかすら。


 何も。


 みんなはそんなことを気にする様子もなく。


 食べて。


 飲んで。


 笑っていた。


 時間だけが過ぎていく。


「……もう今日は無理だろ」


 俺は小さく呟いた。


 誰にも聞こえていない。


 高志たちはまた何かで笑っている。


 大野先輩のグラスには、いつの間にかまた酒が注がれていた。


 奈緒と千夏も楽しそうにワインを飲んでいる。


 藤崎先輩と松田先輩だけはまだ飲んでいないけれど。


 その二人まで、すっかり宴会の空気に馴染んでいた。


 俺は椅子の背にもたれる。


 秋の登山計画を立てるために。


 みんなでわざわざここまで来たはずだった。


 それなのに。


 何も決まらないまま。


 笑い声と一緒に。


 結局、何も決まらないまま時間だけが過ぎていった。

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