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【完結済み】異世界転生うさぎ  作者: Usabean
第三章 植物園(ルナガーデン)
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<編集長からの特命>

翌朝。


ピコ、ピコ、ピコ!


昨日よりも少しだけ慌ただしい電子音が、静かな部屋の空気を震わせた。

夢の中でどこか遠くから聞こえていた音が、現実へと引き戻す合図のように何度も鳴り響く。


「ん……朝か」


まだ半分眠ったままの体を起こし、大きくあくびをする。

窓から差し込む人口太陽の光が部屋を柔らかく照らし、窓の向こうには月世界の街並みが広がっていた。


黒い宇宙を背景に浮かぶ青い地球。


その景色にも少しずつ見慣れてきた自分がいることに気付き、不思議な気持ちになる。


数日前まで、自分はここで暮らしていた記憶などほとんどなかった。

それなのに今では、朝になれば目覚め、仕事へ向かう準備をすることが当たり前になりつつある。


電子音の正体は、枕元のラックに置かれたタブレット端末だった。


画面には赤く点滅する「至急」の文字。


「編集部からか」


画面をスワイプすると、勢いよくチャット画面が開く。

送り主はもちろん、あの豪快な編集長だった。

大きな体格に、人懐っこい笑顔。そして豪快に笑いながらも、記事には一切妥協しない人物だ。

画面越しでも、その勢いは伝わってくる。



編集長

『おはよう、期待の新人!

 昨日の花屋の記事、なかなか良い視点だったぞ。

 ただ綺麗な花を紹介するだけじゃなく、この世界の暮らしと文化を絡めて書いたのが良かった。

 読者ってのは「花が綺麗でした」じゃ満足しない。

 その世界でどう生きているかを知りたいんだ。

 その調子で次の記事も頼むぞ!』


ぼくは思わず口元を緩めた。

編集長に褒められるとは思っていなかった。


まだ新人同然の自分の記事を、きちんと読んで評価してくれていることが嬉しかった。

そのまま返信を打ち込む。


自分

『ありがとうございます。

 まだ分からないことだらけですが、精いっぱい頑張ります。

 次の取材先はどちらでしょう?』


返事は驚くほど早かった。


編集長

『今回はうちの看板雑誌のトップ特集だ。

 記事ランクは"S"。

 うちでも限られた記者しか担当できない大型企画だぞ。』


思わず背筋が伸びる。


Sランク。


昨日の記事とは比べ物にならないほど重要な仕事らしい。


自分

『Sランクですか。

 それは責任重大ですね。』


編集長

『取材先は、この世界の心臓部。

 植物園ルナ・ガーデンだ。

 しかも一般公開されていない深層プラントまで特別許可を取ってある。

 普通の記者じゃ絶対に入れない場所だ。

 お前のその"外側からの視点"で、あの巨大なシステムを見てきてくれ。

 きっと面白い記事になる。』



「この世界の……心臓部。」


その一言だけで胸が高鳴る。

花屋を取材しただけでも、この世界では植物が生活の中心にあることは理解できた。


食べ物。

薬。

贈り物。

文化。


どれも植物と深く結びついていた。


植物園という響きからは平和な施設しか思い浮かばないが、

心臓部とあれば、一体どれほどの施設なのだろう。

期待と緊張が入り混じり、自然と心臓が速く鼓動を打ち始める。


タブレットを机へ置いたとき、視界の端に黒い小箱が映った。


「あ……」


ベッドの上に無造作に置かれた、小さなポケベル。

この世界では完全に時代遅れの機械。

通信も検索も支払いも取材も、すべてタブレット一台で済んでしまう時代だ。

街へ出ても、この数日間でポケベルを持っているうさぎを一匹たりとも見かけていない。

それなのに、どうして自分だけが持っているのだろう。


そっと手に取る。

掌に収まるほど小さい。


角は少し擦り減り、長年使われてきたことだけは伝わってくる。

電源は入っているようだが、液晶画面には何も表示されていない。


昨日届いた数字の羅列も、今は跡形もなく消えている。


「……なぜ、ぼくはこんなものを持っているんだ?」


指先でゆっくり回してみる。

冷たい樹脂の感触。


だが、それ以上に胸の奥がざわつく。


これを見ていると、何かを忘れているような感覚に襲われる。

思い出せそうで思い出せない。


大切な誰か。

あるいは、自分自身の過去。

そのすべてが、この小さな機械の中へ閉じ込められているような気がした。


「今度、誰かに聞いてみようかな……。」


花屋の店主なら何か知っているだろうか。

それとも、駅前のカフェの少女なら。


しかし、すぐに首を横へ振る。


まだ知り合って間もない相手に、自分の私物を見せながら身の上話をするのは、さすがに早すぎる。

それに、自分でも説明できない違和感を他人へ話したところで、余計に混乱させてしまうだけかもしれない。


ぼくはポケベルを静かに引き出しへしまった。


「……今は、目の前の仕事だ。」


植物園。

この世界の心臓部。

そこへ行けば、この世界について、そして自分自身についても、新しい何かが見えてくるかもしれない。

そう考えると、自然と体が軽くなった。


クローゼットから記者用のジャケットを取り出し、身分証を首へ掛ける。

ショルダーバッグにはタブレットと付属品を確認しながら詰めていく。

鏡を見る。

そこに映るのは、もう戸惑いばかりだった昨日の自分ではない。

新人記者として、この月世界で生き始めた一匹のうさぎだった。


「よし。」


小さく頷くと、ぼくは玄関のドアを開いた。



新しい取材が、今始まろうとしていた。

このストーリーのショート動画も作成しています。

https://youtube.com/shorts/VC_CzF5qwiE?feature=share

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