<いつもの日替わりセット>
ガラス張りの開放的なカフェの自動ドアが開くと、入室のベルが鳴った。
中に入ると、香ばしいパンの匂いと、爽やかなハーブの香りが入り混じった空気が鼻をくすぐる。
「いらっしゃいませー!
……あ、おつかれさまです!」
カウンターの奥から、パタパタと足音を立てて駆け寄ってきたのは、
まだ少女のような面影を残す可愛らしいうさぎの店員だった。
カフェ店の制服とエプロン姿がよく似合っている。
ピンと立ったグレーの耳をぴょこぴょこと揺らしながら、親しげな微笑みを向けてくれる。
「いつもの『日替わりセット』にしますか?」
彼女はぼくの顔を見るなり、親しげに、そして太陽のように明るく微笑んで声をかけてくれた。
……「いつもの」?
一瞬時がとまったような感じがして、記憶がフラッシュバックしてきた。
初めて来店した日、
トレイを持った少女が転び、野菜ジュースが全部、自分にかかってしまった。
「ご、ごめんなさい!
あの、まだ仕事が不慣れで、本当に、ごめんなさい。」
耳がぺたんとなる。
ぼくは笑いながら
「大丈夫。ぼくも仕事を始めたばっかりだからわかるよ。
失敗しても、美味しいものを食べればまたがんばれるんだから!
全然、気にしないでいいよ。」
と、濡れた体をタオルでぬぐう。
少女は恥ずかしそうにしながら、
「新しいのすぐ持ってきます!」と言った。
また別の日、
「今日の日替わりは草パンのホットドックです!」と説明をした少女。
ぼくは「ん?昨日も草パンのホットドックだったよ」とつっこむと、
「あ!」と口元を手で押さえて、ばつの悪そうな顔をして、
奥にいる店長からのため息声で
「また間違えた・・・今日は草パンのホットサンドだよ」
と訂正が入る。
少女は舌を出して「ごめんなさい」とウィンクしながら笑う。
そしてまた別の日、
「今日は本当に疲れたよ」
とカウンター越しに店員に話しかけた自分に
「取材であちこち行って大変ですね」と彼女は笑みを返してくれる。
「君のいれてくれたジュースを飲むと元気が出るよ」
「えへへ、作ってるのは店長ですけどね」
とお互いに笑いあう。
思い出した映像が次々と浮かんでは消えて、
「大丈夫ですか?今日は一段と疲れてますね?」
と声が聞こえてきて、いっきに現実に戻ってくる。
どうやら「記者としての自分」は、仕事帰りによくこのお店に寄って、この少女と言葉を交わしていた常連客らしい。
「あ、ああ。おつかれさま。今日もそれで頼むよ」
「はいっ!
ちょっと待っててくださいね。
今日は一段とお疲れみたいだから、特別に野菜ジュースを大盛りにしておきますから!」
少女はウインクを一つ残して、厨房へと戻っていった。
フレンドリーで、とても愛嬌のある子だ。
カウンター席に腰掛けながら、彼女のテキパキとした働きぶりを眺める。
しばらくして、
「お待たせしました!」という元気な声と共に、目の前にプレートが置かれた。
鮮やかな橙色の野菜ジュースと、ボリューム満点のサンドイッチのセットだ。
サンドイッチは、地球でいうところのコッペパンのような、横に長いふっくらとしたパンに具材がぎっしりと挟まっている。
まずは一口。
パン生地に歯を立てた瞬間、爽やかな草のいい香りが口いっぱいに広がった。
ただの小麦ではない、何か特別なハーブが練り込まれているようだ。
そして、メインの具材。
分厚くスライスされた肉のようなものが挟まっているのだが、
噛み締めると肉汁ならぬ「旨味の詰まった植物性のスープ」が染み出してくる。
大豆ミートやキノコ類を複雑に加工したものだろうか。
ソースの酸味と、一緒に挟まっているシャキシャキとした葉物野菜の苦味が、絶妙なバランスで味を調えている。
「うん、うまい……!」
思わず声に出してしまった。
地球のジャンクフードとは違う。
しかし、物足りなさは一切ない。
一口食べるごとに、身体の隅々の細胞に栄養が染み渡っていくのが分かる。
まさに、このうさぎとしての肉体に最も適した、完璧な食べ物だ。
「ふふっ、美味しそうに食べますね」
気がつくと、カウンター越しに少女が両手で頬杖をつきながら、ニコニコとこちらを見ていた。
「ああ、すごく美味しいよ。疲れた体に染みる」
「よかったです!
あ、そういえばお客さん、今日はなんだかすごくいい匂いがしますね。
甘くて、お腹が空いちゃうような……」
少女がくんくんと鼻を動かす。
鋭い嗅覚だ。
「実はさっきまで、『月の花屋』に取材に行ってたんだよ。
加工場まで見せてもらったから、香りが移ったのかも」
「ええっ!
あのルナ・フローラですか!?
いいなー、あそこの『甘露仕立て』、私一回だけ食べたことあるんですけど、ほっぺたが落ちるかと思いましたよ!」
少女は長い耳をぶるるんと揺らして興奮している。
「いつか…、私にもあんな綺麗な花をプレゼントしてくれる人が現れないかなー
……なんて。あ、これ内緒ですよ!」
少しだけ頬を赤らめ、照れ隠しのように布巾でカウンターを拭き始める少女。
その仕草があまりにも自然で、ぼくは思わず笑みをこぼしてしまった。
彼女との他愛のない会話が、取材の心地よい疲労感を優しく解きほぐしていく。
完食し、満足のいく溜息をつきながらお皿とカップを返却口へ持っていくと、
店員の少女は丁寧にお辞儀をしながら、同時に小さく手を振ってくれた。
「ありがとうございました!
記事が載るの、楽しみにしてますね! また来てくださいねー!」
「ああ、また来るよ」
フレンドリーで、見ているだけで元気をもらえる可愛い子だ。
ただの店員と客。
けれど、そこにある確かな温かさが、ぼくの心を深く満たしていた。
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