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【完結済み】異世界転生うさぎ  作者: Usabean
第一章 夢から目覚める
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<圏外のポケベル>

部屋に戻り、自動ドアが閉まってガチャンとロックがかかった瞬間、張り詰めていたすべての緊張が一気に解け、

ぼくはその場にへたり込んだ。


やはり、人間の意識を持ったまま裸で外出するのは、想像以上の精神的重労働だったらしい。



一息ついてから、部屋の壁面に埋め込まれたクローゼットを開けてみる。


中には、事前の記憶通り、仕立ての良い記者用ジャケット、私服のシャツなどが、整然と並んでいた。

どれも手触りが良く、植物由来の最高級繊維で編まれているようだ。


よし、次はこれを着れば問題ない。



ぼくはベッドの上に歩み寄り、枕元に置いておいた、あの謎の『ポケベル』を再び前足で拾い上げた。


改めて、その無骨な黒い物体を細部まで観察する。

やはり、この部屋のどの家具とも、この都市のどのテクノロジーとも、そのデザイン言語が根本から異なっている。


これは明らかに、あの『地球』で作られた製品だ。



何気なく、端末の側面に配置された、小さな、少しへこんだボタンを強く、長く押し込んでみた。


チチッ、という、かすかな電子の作動音が鳴った。


次の瞬間、死んでいたはずの液晶画面に、微かな、本当に微かな緑色のバックライトが灯ったのだ。



「あ……っ、ついた!」


ぼくは思わず声を上げた。


液晶のドットが不器用な明滅を繰り返し、画面の左上に、小さく『圏外』という二文字の漢字が点滅し始める。


やはり、この月世界の超高度な通信網とは、電波の規格が全く合致していないらしい。

しかし、端末のメモリそのものは生きていた。


画面の中央、液晶のドットが形作ったのは、過去にこの端末が受信した、最後の、そして唯一の着信履歴だった。

そこに並んでいたのは、文字ではなく、ただの不規則に見える数字の羅列だった。



『 8 、 1 、 2 、 3 、 3 、 5 、 2 、 3 』



「何なんだ、これは……何かの暗号か? それとも、電話番号か?」


数字を凝視していると、人間だった頃の古い記憶の引き出しが、きしんだ音を立てて、ほんの数ミリだけ開いたような感覚があった。


確か、ポケベルの数字の並びに、日本語の語呂合わせを当てはめて、短いメッセージを送り合っていたはずだ。

例えば『0840』で『おはよう』、というように。


だとすれば、この『81233523』にも、何か重大な意味が込められているはずだ。



ぼくは必死に頭を働かせ、数字の読み方を模索しようとした。


しかし、その核心に近づこうとした瞬間、脳の奥底で強烈な拒絶反応が起こり、視界がぐにゃりと歪むほどの激しい頭痛に襲われた。


まるで、脳の防壁が「まだそれを知ってはならない」と、強制的に思考を遮断しているかのような、奇妙で不気味な抵抗感。

もやはさらに深く立ち込め、考えることを物理的に不可能にしていく。


諦めて視線を外したとき、ふと、木目調のデスクの上に、小さな紙切れが置き去りにされているのが目に入った。


ササッと近づき、前足でその紙を裏返す。

書かれていた文字を見た瞬間、ぼくの心臓は再び激しく跳ね上がった。


それは、この月世界で使われている、あのハミングのような記号文字ではなかった。


流れるような筆跡で、ペンによって殴り書きされた、見紛うはずのない文字。

ひらがな。それは、純粋な『日本語』だった。


「誰が……誰がこんなものを書いたんだ? まさか、ぼくが書いたのか?」


紙切れには、数字とひらがなが記されていた。


しかし、信じがたいことに、それを読もうとしても、やはり頭の中の濃い霧が邪魔をして、

文字の『形』は認識できるのに、それが意味する『内容』が、脳の理解中枢に全く入ってこないのだ。


文字がただの黒いインクのシミにしか見えなくなる、奇妙なゲシュタルト崩壊。焦燥感と恐怖が、胸を締め付ける。



「……なぜ思い出せないんだろう……!」



前足で頭を抱え込むが、考えれば考えるほど、こめかみの奥が割れるように痛み、疲労感が全身の筋肉を麻痺させていく。


人間としての記憶の全損、うさぎの体への転生、月の超文明都市、そしてポケベルと日本語の謎。


今日一日で、ぼくの脳が処理しなければならなかった情報量は、通常の人生の数年分に匹敵していた。


張り詰めていた精神の糸が、限界を迎えてぷつりと切れた。


猛烈な眠気が、漆黒の宇宙の彼方から押し寄せる巨大な津波のように、ぼくの意識を飲み込み始めた。



「だめだ……起きていられない……」


ぼくはポケベルをベッドの枕元へとそっと置き、これ以上の謎に立ち向かう気力もないまま、

吸い込まれるように柔らかなシーツの中へと体を沈めた。



目を閉じる直前、あのあたたかな夢の中で聞いた、優しい約束の声が、世界のどこか遠くで、ぼくを呼んでいるような気がした。


ぼくは深い深い、底のない静寂の眠りへと、ゆっくりと落ちていった。

このストーリーのショート動画も作成しています。

https://youtube.com/shorts/wPcK5mhmuyA?feature=share

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