<終わらない未来>
それからも、めまぐるしい日々が続いていた。
教授の研究室をたびたび訪れ、この月世界のうさぎたちの医療について語り合う。
記者としての仕事では、自分なりの視点を大切にしながら取材に飛び回り、以前よりも編集部へ足を運ぶ機会も増えた。
ミアとは、友達以上、恋人未満。
そんな少しもどかしい距離感のまま、休日はほとんど一緒に過ごしている。
そして、心配をかけた「母さん」とも話をした。
この世界でぼくを受け入れ、支えてくれたことへの感謝は、これから少しずつ返していけばいい。
ようやく、ここが自分の居場所なのだと思えるようになっていた。
数日後。
ぼくは自分のワンルームにいた。
窓の外には、いつもの月世界が広がっている。
ドーム都市。
モノレール。
遠くを横切る小型飛行艇。
そして、黒い宇宙の中に浮かぶ地球。
サイドテーブルには、黒いポケベルが置かれている。
もう鳴ることはない。
役目を終えたのだ。
けれど、捨てる気にはなれなかった。
これは、過去のぼくから、今のぼくへ渡された手紙なのだから。
ぼくはタブレットを起動した。
新しい記事を書く。
画面は真っ白だった。
少し考えてから、キーボードに指を置く。
そして、一文字ずつ打ち込んでいく。
『――青き星の記憶と、月で交わした小指の誓いについて』
そこで、手を止めた。
窓を見る。
青い地球。
遠い星。
けれど。
今は、もう遠いとは感じなかった。
ぼくは小さく笑った。
「…さて」
椅子の背もたれに身体を預ける。
「次は、何を書こうかな」
そのとき。
端末に、新しい通知が届いた。
『ミア:今日、仕事が終わったらカフェに来る?』
思わず笑ってしまう。
ぼくは返信を打った。
『行くよ。待ってて』
送信。
窓の外を見る。
月の街は、今日も輝いている。
ここには、まだ知らないことがたくさんある。
不思議な植物。
謎に満ちた月面の塔。
古代から続く女神の伝承。
そして、まだ誰も知らない、この世界の物語。
記者として。
そして、この世界を生きる一羽のうさぎとして。
ぼくは、それらを追いかけていく。
今度は、一人じゃない。
隣には、ずっと待っていてくれた彼女がいる。
そして、この月世界で出会った、大切な仲間たちがいる。
ぼくはキーボードに指を置いた。
新しい記事の続きを書き始める。
軽快な電子音が、静かな部屋に響いていく。
過去は、もう失われたものではない。
未来へ進むための、大切な一部だ。
地球から月へ。
人間からうさぎへ。
そして、一度途切れたはずの命から、もう一度始まった人生へ。
すべては、一本の見えない糸で繋がっていた。
ぼくは最後に、窓の向こうの青い星へ向かって、小さく呟いた。
「…約束、守れたな」
すると。
端末に、短いメッセージが届いた。
そして画面には、短いメッセージ。
『うん。これからも、ずっと』
ぼくは笑った。
今度こそ。
この約束に終わりはない。
月の空に浮かぶ青い星を見つめながら、ぼくは新しい記事を書き続けた。
これは、終わりではない。
新しい人生の始まりだ。
そして――。
ぼくたちの物語は、これからも続いていく。
このストーリーのショート動画も作成しています。
https://youtube.com/shorts/kRZB49PqqaI?feature=share
これにて、本編は完結です。よかったら、リアクションを残していっていただけると幸いです。
なお、次回は、ミア側のスピンオフです。




