<月世界の仲間たち>
そして翌日。
スターグラス商業シティの高級ホテル。
ラウンジの窓から、月世界の街並みが見える。
ドームに覆われた都市。
空中を行き交う乗り物。
遠くには、モノレールが光の軌跡を描いて走っている。
昨日までなら、ただ美しいと思っていた光景だった。
けれど今は違う。
ここが、ぼくの生きる場所なのだ。
そう思うと、不思議なほど胸が温かくなった。
「本当に、うまくいってよかったの」
向かいに座る教授が、ほっとしたように笑った。
「おじいちゃん」
隣に座っているミアが、少し照れたように笑う。
昨日、ぼくがエターナル・メモリアルパークで倒れたあと。
ミアは、ぼくにすべてを話してくれた。
彼女が、地球で一緒に暮らしていたうさぎだったこと。
寿命を迎えたあと、月世界へ還ってきたこと。
そして。
いつかぼくが、この世界へ来ることをずっと信じていたこと。
「初めて会ったときから、あなたの魂だって分かったの」
ミアは、テーブルの上の紅茶を見つめながら言った。
「あなたの魂も、私を覚えているんだって感じていたの」
「だから、あんなに懐かしい感じがしたのか」
「うん」
ミアは微笑んだ。
「私も懐かしくて、嬉しくて…たまらなかった」
ぼくは思わず笑ってしまった。
「でも、どうして最初から教えてくれなかったんだ?」
「教えられなかったの」
ミアは真剣な表情になった。
「この世界の理なの。前世の記憶は、自分自身で取り戻さなければならないの」
「誰かに教えられた記憶じゃ、意味がないってことか」
「うん。無理に思い出させると、魂が不安定になってしまうの」
だから。
ミアは、ただ待っていた。
直接答えを教えるのではなく。
ぼくが、自分自身の力で過去へ辿り着けるように。
「じゃあ、あの『お母さん』は?」
「この世界での、ちゃんと、あなたのお母さんよ」
ミアが笑った。
「あなたが人間だったことも、月世界に転生してきたことも知っているわ」
「…なるほど」
「あなたがあまりにも何も覚えてないから、途中から本気で心配してたわ」
「…それは、申し訳ない」
思わず苦笑する。
教授も、髭を撫でながら笑った。
「わしも、なかなか興味深い経験をさせてもらったわい」
「教授まで?」
「君が何者なのか、わしも完全には分からなかったからの」
その言葉に、少し驚いた。
つまり。
あのときの教授も、すべてを知っていたわけではない。
ミアから頼まれたこと。
そして、古い記録に残されていたこと。
それらを頼りに、ぼくを導いてくれたのだ。
「…ありがとうございます」
ぼくが頭を下げると、教授は照れたように髭を撫でた。
「礼なら、わしではなく孫娘に言うんじゃな」
「おじいちゃん…」
ミアが恥ずかしそうに俯く。
その様子がおかしくて、ぼくは笑った。
すると。
「ぐすっ……うぅ……」
突然、向かいから妙な声が聞こえた。
見ると、編集部の特殊班に所属する同僚、シオンがハンカチを握りしめて泣いていた。
「…え、シオン? どうした?」
「だってよぉ…!」
彼は鼻をすすった。
「お前、そんな壮大な話を背負ってたのかよ…!」
「ぼくだって昨日まで知らなかったんだけど」
「俺はお前のこと、記憶喪失で右も左も分からない新人だと思ってたんだぞ!」
「実際、そうだったよ」
「それが、まさか前世が人間で、宇宙船事故で死んで、女神に選ばれて、月世界に転生して、しかも大切な相手まで見つけるって…!」
「た、大切な相手…?」
ミアが顔を赤くする。
ぼくも一瞬、言葉に詰まった。
前世では、家族だった。
けれど今は。
この世界で、ぼくのそばにいてくれる大切な存在だ。
「まあ、ゆっくり…でいいんじゃない?」
ミアが小さく笑った。
「うん」
その一言だけで。
胸が温かくなった。
窓の外を見る。
黒い空。
その中に浮かぶ青い地球。
人間だった頃のぼくは、もういない。
けれど。
獣医師として学んだこと。
記者として培ったもの。
宇宙を旅した経験。
そして、うさぎとしてこの月世界で過ごしてきた時間。
それらはすべて、今のぼくを作っている。
女神が言った。
――地球との縁を繋ぐ使命。
それが何なのか。
今なら、少しだけ分かる気がする。
地球と月。
人間とうさぎ。
過去と現在。
命と命。
その間には、目には見えない縁がある。
ぼくは、その縁を言葉にして残す。
記録する。
伝える。
それが、記者としての自分に与えられた、新しい役目なのだ。
そして――。
もう一つ。
ぼくには、守りたいものがある。
隣にいる彼女。
前世から続いていた、小さな約束。
今度こそ。
この約束を、途中で終わらせない。
このストーリーのショート動画も作成しています。
https://youtube.com/shorts/kRZB49PqqaI?feature=share




