<過去の自分>
それは、本当に突然だった。
ドンッ!!
船体全体を揺るがす、重く鈍い衝撃。
「――ッ!?」
身体が椅子から浮いた。
次の瞬間、視界が反転する。
壁に背中から叩きつけられ、肺から一気に空気が押し出された。
「ぐっ……!なにがっ」
何が起きた?
考えるより先に、警報が鳴り響いた。
けたたましいサイレン。
同時に船内の照明が一斉に落ち、部屋が真っ暗になる。
その直後、暗闇の中で赤い非常灯が点滅を始めた。
赤。
また赤。
そして暗闇。
まるで船そのものが、巨大な心臓になって激しく脈打っているようだった。
『警報。第三区画にて爆発を検知』
無機質な機械音声が響く。
『機関部に重大な損傷。火災発生』
「嘘だろ…」
ぼくは壁に手をつきながら、どうにか立ち上がった。
頭が混乱している。
爆発?
どこで?
何が原因なんだ?
そんな疑問が次々と浮かんでは消えていく。
しかし、考えている暇はなかった。
廊下へ飛び出す。
そこには、すでに白い煙が充満していた。
壁面の一部が大きく裂け、内部の配線がむき出しになっている。
火花が散るたび、赤い非常灯に照らされた廊下が一瞬だけ明るくなった。
「マーク!」
叫んだ。
「マーク! どこだ!?」
返事はない。
いつもなら聞こえてくる、あの低い笑い声も。
作業員たちの話し声も。
何も聞こえない。
「マーク!」
もう一度叫んだ、その瞬間だった。
――ドォォォンッ!!
二度目の爆発が起きた。
爆風が廊下を猛烈な勢いで駆け抜ける。
「うわっ!」
身体が宙に浮き、そのまま壁へ背中から叩きつけられた。
「ぐっ…!」
熱い。
息ができない。
焦げたプラスチックの臭いが鼻を突き、煙が喉を焼く。
耳の奥では、甲高い耳鳴りが鳴り続けていた。
何が起きているのか分からない。
ただ一つだけ、はっきりしていることがあった。
この船は、壊れている。
いや。
壊れているなんていう生易しい状態ではない。
死にかけている。
その考えが頭をよぎった直後、機械音声が響いた。
『メインリアクターの制御不能』
機械音声のアナウンスだけが、妙に鮮明だった。
『酸素濃度低下』
一拍、そして。
『全乗組員は直ちに緊急脱出ポッドへ退避してください』
「…み、みんなは?」
声が震えた。
返事はなかった。
さっきまで人の声で満ちていた船内が、異様なほど静かだった。
いや。静かなわけではない。
火災警報。
金属の軋む音。
どこかで発生する小さな爆発。
配管を流れる蒸気の音。
何かが崩れ落ちる音。
それらすべてが混ざり合い、巨大な獣が苦しみながら呻いているように聞こえた。
「…逃げないと」
自分に言い聞かせる。
足が震えていた。
怖い。
今まで経験したことのない恐怖だった。
けれど、身体は動いた。
ぼくは走った。
何も考えられなかった。
ただ、生きなければならない。
それだけだった。
通路の先で炎が通路を噴出している。
別のルートへ進もうとする。
しかし、そこでは隔壁が降り始めていた。
間に合わない。
ぼくは身体を滑り込ませるようにして、その隙間を抜けた。
熱風が顔を撫でる。
腕が焼けるように熱い。
それでも止まれない。
一歩。
また一歩。
煙で視界がほとんど利かない。
それでも、頭の中には脱出ポッドまでの経路が残っていた。
あの角を曲がればいい。
その先に非常用エレベーター。
さらに進んだ先が、脱出ブロックだ。
「あと少し…!」
自分を奮い立たせるように呟いた。
ようやく、緊急脱出ポッドが並ぶ区画へたどり着く。
いくつかのポッドは、すでに赤い警告ランプを点滅させていた。
ぼくは一番近くのハッチに手をかける。
「開け…!」
ロックが反応しない。
「頼む…!」
もう一度、非常解除レバーを操作する。
ガコンッ。
重い音とともに、ハッチがわずかに開いた。
「よし!」
非常電源で辛うじて動いている。
ぼくは身体を滑り込ませるようにして、狭いポッドの中へ飛び込んだ。
ハッチが閉まる。
外の轟音が、ほんの少しだけ遠ざかった。
シートに身体を固定する。
ベルトを締める手が震えていた。
「動け…動いてくれ…!」
射出ボタンを叩く。
ガコンッ!
大きな振動が身体を襲った。
次の瞬間、脱出ポッドはアーク・ノヴァから切り離された。
窓の向こうへ、燃え盛る巨大な船体が遠ざかっていく。
「…た、助かった?」
その言葉が、口からこぼれた。
ほんの一瞬だけ。
本当に、ほんの一瞬だけだった。
自分は生き残った。
そう思った。
けれど。
コンソール画面を見た瞬間、血の気が引いた。
表示された数字。
『OXYGEN LEVEL:2%』
「……」
数字が理解できない。
いや、理解したくなかった。
「嘘だろ…」
生命維持装置が壊れている。
酸素が供給されていない。
耳を澄ます。
シューッ。
どこかから、微かな空気漏れの音が聞こえた。
「やめろ…」
画面の数字が、ゆっくりと減っていく。
「止まれ…」
もう一度、祈るように呟く。
「頼むから…止まってくれ…」
しかし、数字は無情だった。
ポッドは月の重力に捕らえられ、徐々に進路を変えていく。
窓の向こうで、灰色の月面が少しずつ大きくなっていった。
制御装置を操作する。
反応しない。
何度試しても同じだった。
もう、どうすることもできない。
「…そうか」
不思議と、声は静かだった。
死ぬ。
その事実が、ようやく現実として理解できた。
息が苦しい。
肺が空気を求めている。
視界がぼやける。
手足の先から感覚が失われていく。
それなのに。
不思議なほど、恐怖はなかった。
最後に浮かんだのは、地球だった。
青い星。
あの小さな家。
そして――あの子。
出発の朝。
ぼくの手に前足を乗せてくれた、小さな家族。
柔らかな毛。
温かな体温。
黒くて丸い瞳。
「…ごめんな」
声にならない。
けれど、確かに思った。
「約束…」
その言葉を最後に、意識が遠のいていく。
月が近づく。
視界が白く染まっていく。
そして――。
そこで、記憶が途切れた。
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