↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結済み】異世界転生うさぎ  作者: Usabean
第七章 エターナル・メモリアルパーク
PR
30/42

<記憶の墓>

空気が、変わった。

先ほどまでの浮き足立ったようなデートの空気は、いつの間にか消えていた。


花の香りも。

柔らかな人工太陽の光も。

隣を歩くミアの存在さえも。


すべてが、どこか遠くに感じられる。

代わりに胸の奥へ入り込んできたのは、言葉では説明できない妙な感覚だった。

まるで、目には見えない何かに引かれている。


一本の糸が、ずっと昔から自分の身体に結びついていて、その糸の先へ、今になってようやく導かれているような――。


「…」


ぼくは無言で歩き続けた。

隣にいるミアも、何も言わない。

さっきまでなら、何気ない話題を探して話しかけていたはずなのに。


今は、二人とも口を開かなかった。


ただ、白い石畳を踏む、足音だけが静かな園内に響いている。



やがて、周囲の景色が変わっていった。

古い樹木が並ぶ一角へ入った。

枝葉が頭上を覆い、人工太陽の光が細かな斑点となって地面へ落ちている。


その先には、古い墓石が並んでいた。


新しいものもある。

古いものもある。


どれも丁寧に手入れされているが、花畑の区域とは明らかに雰囲気が違っていた。


静かだった。

静かすぎるほどに。


そのとき――。

ふと、足が止まった。


自分でも、なぜ立ち止まったのか分からなかった。


ただ。

視線が、ある一点へ吸い寄せられていた。

そこに何かがある。

そう思った。

理由はない。

説明もできない。

なのに、分かる。


「あそこだ…」


声が漏れた。

ミアが振り返る。


「え?」


ぼくは答えなかった。

答えられなかった。


気づけば、石畳の小道から外れていた。

芝生を踏みしめる。


一歩。

また一歩。

まるで自分の意思ではなく、何かに呼ばれているようだった。


「アルトさん…?」


ミアの声が背後から聞こえる。

それでも、ぼくは振り返らなかった。


目の前の墓石から、視線を外すことができなかった。

それは、周囲に並ぶ墓石とは明らかに異なっていた。


滑らかな漆黒の石材。

月世界で一般的に使われている素材なのかもしれない。

けれど、その形には妙な既視感があった。


墓石の中央。

そこには、長方形のパネル。

そして、その下に並ぶいくつかの小さなボタン。


まるで――。


「…ポケベル」


息が止まった。


見間違えるはずがない。

あの黒い四角い機械と、ほとんど同じ形だった。


ぼくの手の中にあるポケベル。

目の前に刻まれている、墓石の意匠。


偶然とは思えなかった。

心臓が、急激に速くなる。


ドクン。

ドクン。


耳の奥まで、その鼓動が響いてくる。


「アルトさん…?」


ミアが心配そうに近づいてくる。

けれど、ぼくは答えられない。

墓石の下部に刻まれた文字へ、目が吸い寄せられていた。


月世界の共通言語ではない。

見たことのない文字でもない。


それは。

日本語だった。

なぜ読めるのか。

そんな疑問すら、浮かばなかった。

そこに書かれている意味が、頭の中へ直接流れ込んでくる。


一文字ずつ。

確実に。

そこには、こう刻まれていた。


『人間の宇宙の記者がここに眠る』


「人間の…」


声が震えた。


「宇宙の…記者…?」


その言葉を、自分の口で読み上げた瞬間だった。


――ガァァンッ!!


頭の奥で、何かが爆発した。


「――ッ!」


猛烈な衝撃が頭蓋骨の内側を駆け抜ける。

まるで、脳そのものを直接殴りつけられたようだった。


「あ……痛い……ッ!」


膝から力が抜ける。

ぼくはその場に崩れ落ちそうになり、両手で頭を抱えた。


「アルトさん!」


ミアの悲鳴が聞こえる。

肩を支えようとする腕。

けれど、その感触さえ遠ざかっていく。


頭が痛い。

痛い。

痛い――!


視界が明滅する。


花。

墓石。

木々。

ミア。


それらすべてが、激しい砂嵐のように崩れていく。


「大丈夫!?」


何か叫んでいる。

分かる。

ミアの声だ。

でも、声だけが遠い。

代わりに、別の音が聞こえてきた。



――警報。


甲高い警告音。


赤く点滅するランプ。


無機質な金属の壁。


知らないはずの光景。



なのに――。

知っている。


「……なんだ、これ……」


言葉が口から漏れる。

次の瞬間。

別の光景が弾けた。


青い。

どこまでも青い星。

漆黒の宇宙に浮かぶ、巨大な地球。


「地球……?」


その言葉を口にした瞬間、胸の奥が締めつけられた。

知っている。

あの星を。

自分は、あの星を知っている。

次々と映像が押し寄せてくる。


宇宙船。


操縦席。


無数の計器。


赤いエマージェンシーランプ。


激しく揺れる船内。


誰かの叫び声。




今度は一転、地球の穏やかな室内。


白衣。


自分の身体。


その手に抱いている、小さな命。


温かい。


かすかに震えている。


守らなければ。




そう思った。

なぜ、そんなことを思ったのか。

分からない。

けれど、それは確かに自分の記憶だった。


「…獣医師…」


その言葉が、突然、頭の中に浮かんだ。


獣医師。

自分は、その仕事をしていた。


いや。

それだけではない。


記者。

宇宙。

地球。

月。


いくつもの断片が、猛烈な勢いでつながっていく。

まるで、バラバラだったパズルのピースが、最後の一枚をきっかけに一斉に形を成していくようだった。


呼吸が苦しい。

酸素が足りない。


この感覚を知っている。


あの日。

何かが起きた。


事故。

月へ落ちていく。

死を覚悟した。


そこまで考えた瞬間、頭の中に再び墓石の文字が浮かんだ。


『人間の宇宙の記者がここに眠る』


人間。


宇宙の記者。


ここに眠る。


「……まさか」


震える声が漏れた。


目の前の墓石に刻まれた、胸へ突き刺さる。


頭の中で、二つの存在が重なった。


今の自分は、うさぎとして生きているアルト。


そして。

かつて地球で生きていた、人間の自分。


同じ魂。

同じ「ぼく」だ。


ぼくは、人間だった。

かつて地球で生きていた。

そして、宇宙を目指していた。


この墓に眠っている「人間の宇宙の記者」は。


他の誰でもない。


自分自身だ。


「…ぼく、だったんだ」


声にならない声が漏れた。


恐怖なのか。

驚きなのか。

それとも、長い間探していた答えを見つけた安堵なのか。

自分でも分からない。



ここに刻まれた文字と、頭の中に残っていた断片が、ひとつにつながってしまった。


だから。

ぼくは確信してしまった。

この墓に眠っている人間は、かつてのぼく自身なのだ。


その瞬間、世界が暗転した。


ミアの声も。

風の音も。

人工太陽の光も。

すべてが遠ざかっていく。


そしてぼくは、自分自身の正体を確信したまま、

底なしの闇の中へ、真っ逆さまに落ちていった。

このストーリーのショート動画も作成しています。


https://youtube.com/shorts/l1JKqG0FVrg?feature=share

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。