<ミアを誘って>
数分後。
ピコン。
静かな部屋に、軽快な電子音が響いた。
「…!」
ぼくは反射的に身体を起こした。
手にしていたタブレットの画面を見る。
さっき送ったメッセージの横に、「既読」の表示がついていた。
そして、そのすぐ下に新しいメッセージが届いている。
『いいわね! あそこはうちのお墓もあるんだけど、季節の花がたくさん咲いていて、とっても綺麗なところよ』
「…え?」
思わず、画面を二度見した。
うちのお墓もある。
その一文が、頭の中で何度も繰り返される。
エターナル・メモリアルパークには親族の同伴か、特別な許可証が必要。
そして今、ぼくの目の前には、その場所に家族の墓を持つ女の子からのメッセージがある。
これ以上の偶然があるだろうか。
いや。今のぼくにとっては、偶然という言葉では片づけられない。
まるで、誰かに背中を押されているような気さえした。
「…すごいな」
小さく呟きながら、ぼくはタブレットを握り直す。
胸の奥が、妙に熱い。
これなら、あの場所へ入ることができる。
そして、もしかしたら。
ポケベルに残された数字の意味を知ることができるかもしれない。
自分の失われた記憶につながる何かを、見つけられるかもしれない。
そう考えると、指先まで落ち着かなくなった。
すぐに返信を打ち始める。
『実は、墓所を持つ親族の同伴か、入場許可証が必要みたいで困っていたんだ。
もしよかったら、今度の休み、一緒に行ってもらえないかな』
そこまで入力して、指が止まった。
「…一緒に、か」
文章を読み返す。
改めて見ると、少し大胆な誘い方に思えた。
もっと別の言い方もあったはずだが、
なぜか「一緒に行ってもらえないかな」という言葉を選んでいた。
自分でも、その理由がよく分からない。
いや。本当は、少しだけ分かっているのかもしれない。
ミアと、もう一度話したかった。
あの日、行政シティで一緒に過ごした時間が、とても心地よかったから。
「…まあ、いいか」
意を決して、送信ボタンを押す。
メッセージが送られた。
『送信済み』
たったそれだけの表示なのに、急に心臓が大きく跳ねた。
「…返事、来るかな」
タブレットを見つめる。
既読はついている。
けれど、その先が続かない。
10秒。
20秒。
30秒。
普段なら何とも思わない時間が、今日は妙に長く感じられた。
「…断られたら、どうしよう」
そもそも、図々しかったかもしれない。
せっかくの休日だ。
家族の墓がある場所に、知り合って間もない男から一緒に行こうなどと言われたら、困るのではないだろうか。
「やっぱり、余計なことを言ったかな…」
取り消そうか。
そんな考えが頭をよぎった、その瞬間だった。
ピコン。
「!」
再び電子音が鳴った。
画面に表示されたメッセージを、ぼくは恐る恐る開く。
『ええ! 行きましょう! 私もお参りに行きたいと思っていたところだから』
「…………」
一瞬、何も考えられなかった。
それから。
「……よしっ!」
ぼくはベッドの上で、思わず拳を握りしめた。
「うわー、やった!」
危うく大声で叫びそうになり、慌てて自分の口を手で覆う。
誰もいない部屋なのに、なぜか周囲を見回してしまった。
顔が熱い。
耳まで熱くなっている気がする。
「落ち着け…」
深呼吸をする。
けれど、全然落ち着かない。
だって、これはつまり。
一緒に出かけるということは。
「…デート、だ」
ぽつりと呟いた瞬間、さらに顔が熱くなった。
もちろん、表向きは取材だ。
ぼくにはポケベルの謎を追うという、れっきとした目的がある。
でも――。
休日に。
私服で。
女の子と二人きりで出かける。
それをデートと呼ばずして、何と呼ぶのだろう。
「…服」
ふと、重大な問題に気づいた。
「着ていく服、どうしよう」
普段は記者として動きやすい服を着ている。
カフェへ行くときも、街を歩くときも、それほど服装を気にしたことはなかった。
けれど、今回は違う。
ミアも私服で来るはずだ。
そう考えると、急に今まで着ていた服が全部頼りなく見えてきた。
クローゼットを開ける。
何着か取り出して、ベッドの上に並べてみる。
「…これか?」
鏡の前で合わせてみる。
違う。
「うーん、こっちか…?」
やっぱり違う気がする。
結局、服を選んでいるうちに時間だけが過ぎていった。
ポケベルの謎を追うという本来の目的すら、この瞬間だけは頭の片隅へ追いやられていた。
ただ、胸の奥に浮かんだ、この不思議な高揚感だけは消えなかった。
そして――。
約束の日。
ぼくは待ち合わせ時間の30分前には、エターナル・メモリアルパークのエントランスゲート前に到着していた。
「…早すぎたかな」
巨大なゲートを見上げる。
白銀を基調とした美しい建造物。
その中央には、透明なドームへ続く大きなガラス扉があり、周囲には静かな庭園が広がっている。
まだ開園時間には余裕がある。
けれど、家を出てからずっと落ち着かなかった。
何度も時計を見る。
それから、着てきたジャケットの襟を正す。
一度直したのに、また気になって直す。
「…変じゃないよな」
自分の姿を見下ろす。
普段より少しだけきちんとした服装。
それだけなのに、まるで別人になったような気分だった。
そのとき。
「お待たせしました!」
澄んだ声が聞こえた。
ぼくは反射的に振り返る。
「…!」
そこに立っていたのは、ミアだった。
いつものカフェの制服姿とは、まったく違う。
行政シティで会ったときとも違っていた。
淡いブルーのワンピース。
その上には薄手のカーディガンを羽織っている。
胸元には、小さな花をかたどったブローチ。
それは、以前ぼくが彼女に贈ったものだった。
淡い光を受けて、ブローチが小さく輝いている。
風が吹くと、彼女の長い耳がふわりと揺れた。
柔らかな毛並みも、いつもの制服姿よりずっと近く感じられる。
あまりの可愛らしさに、ぼくは一瞬、言葉を失ってしまった。
「…あ」
何か言わなければ。
そう思うのに、言葉が出てこない。
ミアが不思議そうに首をかしげる。
「どうしたの?」
「あ、いや…その」
ようやく声が出た。
「今日は…その、ありがとう」
自分でも驚くほど、声が上ずっていた。
ミアは少しだけ頬を染める。
そして、照れくさそうにはにかんだ。
「ううん。私のほうこそ。一緒に行けるのが、すごく嬉しい」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がきゅっと締まった。
目が合う。
そして、お互いにふっと笑った。
不思議なくらい穏やかな時間だった。
これから向かうのは墓地なのに。
なぜだろう。
今のぼくには、少しも暗い場所には思えなかった。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
二人並んで、ゲートへ向かう。
ミアが入口に設置された端末へ手をかざす。
ピッ。
短い電子音が鳴り、本人確認が行われる。
次の瞬間。
重厚なガラス扉が、音もなく左右へ開いた。
その向こうには、まだ見たことのない世界が広がっていた。
ぼくは思わず息を呑む。
そして、隣に立つミアを見る。
彼女もまた、静かに微笑んでいた。
こうしてぼくたちは、エターナル・メモリアルパークへ足を踏み入れた。
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