<墓地へ行くために>
大学から帰宅すると、ぼくは自室のベッドに仰向けになった。
天井を見上げながら、しばらく何も考えずにぼんやりする。
ルナ研究大学で教授と話した時間は、それほど長くなかったはずなのに、頭の中には聞いた言葉が次々と浮かんでは消えていった。
女神伝承。
前世の記憶。
月世界の起源。
そして――エターナル・メモリアルパーク。
「…眠いけど、もう少し調べてみるか」
重い身体を起こし、ベッド脇に置いていたタブレット端末を手に取る。
画面を起動すると、先ほどまで開いていた検索画面が表示された。
ぼくが調べているのは、ルナ研究大学で教授から得た情報の裏付けだった。
もちろん、教授の言葉を疑っているわけではない。
けれど、記憶を失った自分にとって、今は一つでも多くの手掛かりが欲しかった。
曖昧な情報でもいい。
古い記録でもいい。
誰かの書いた小さな記事でもいい。
何か一つ、自分につながるものが見つかれば――。
「エターナル・メモリアルパーク…」
ぼくは検索欄に表示された名前を、小さく呟いた。
月世界の広域マップを開く。
スターグラス商業シティから少し離れた場所。
いくつかの居住区や商業施設が集まる地域から外れ、静かなクレーターの縁に広大な敷地が広がっている。
画面を拡大すると、緑色の区域が大きく表示された。
想像していたよりも、ずっと広い。
「墓地…というより、公園なのか」
ネット上に掲載されている情報を読み進めていく。
そこは単なる墓地ではなかった。
月世界において非常に神聖な場所であり、同時に、美しい景観を持つ場所としても知られているらしい。
色とりどりの月面植物。
季節ごとに花を咲かせる庭園、噴水。
静かな池や小さな丘。
美しく整えられた遊歩道。
紹介記事の中には、まるで観光名所のような写真まで掲載されているものもあった。
「…墓地なのに、ずいぶん明るい場所なんだな」
その一方で、ページを読み進めるにつれて、厳格な管理体制についても分かってきた。
セキュリティゲート。
入園者の身元確認。
立入禁止区域。
そして――。
『入園には、当パーク内に墓所を持つ親族の同伴、あるいは特別な許可証が必要です』
画面に表示された一文を見つめ、ぼくは深いため息をついた。
「…やっぱり、そう簡単には入れないか」
ふらっと休日に一人で行けるような場所ではないらしい。
厳重に管理された公園墓地。
それだけ、ここが月世界にとって特別な場所なのだろう。
「ここへの取材という名目で編集部に頼むのも…そう都合よくはいかないよな」
最近、大きな記事を立て続けに仕上げたばかりだ。
植物園の記事。
そして月面の塔の記事。
編集部からも評価してもらっている。
だからこそ、個人的な目的のために、また「月面の塔」のときのような特別許可を編集長に頼むのは気が引けた。
そもそも、今回の目的は取材ではない。
自分自身のためだ。
「…でも」
タブレットを横に置き、天井を見上げる。
視界の隅に、サイドテーブルが映った。
その上には、黒い四角い箱が置かれている。
ポケベル。
ぼくが目を覚ましたときから、ずっと手元にあったもの。
月世界の誰も知らない、古い通信機器。
そして、ぼく自身でさえ、その意味を理解できない数字を表示する機械。
教授は言っていた。
このポケベルに表示された数字が、何らかの場所を示している可能性がある。
その場所の候補として挙げられたのが、エターナル・メモリアルパークだった。
特別な魂を弔うための区画。
重要な記憶を封印するための場所。
そこに、ぼくの記憶に関係する何かが残されているかもしれない。
「…本当に、何かあるのか?」
ポケベルを見つめる。
これまでに表示された数字は、大きく分けて二種類。
意味の分からない数字の羅列。
語呂合わせの可能性も捨てきれてはいない。
けれど、教授も言っていた。
あの数字は、単純な言葉として読むには不自然だと。
だからこそ、ぼくは別の可能性を考えている。
これは――誰かからのメッセージなのではないか。
座標や区画番号という可能性もある。
でも、それだけではない気がしていた。
まるで、誰かが遠い場所から必死に何かを伝えようとしているような。
助けを求めるような。
「…SOS、なのかな」
そう考えると、胸の奥がざわついた。
もちろん、根拠はない。
ただの直感だ。
それでも、どうしても気になって仕方がなかった。
もし、あそこに何かがあるのなら。
もし、自分の過去につながる手掛かりが残されているのなら。
「…行きたい」
自然と言葉がこぼれた。
自分の過去。
人間だった頃の記憶。
なぜぼくは、この月世界でうさぎとして生きているのか。
そして――なぜ、その記憶を失っているのか。
この世界に転生してきた意味。
その答えにつながる可能性が、ほんの少しでもあるのなら。
「行かない理由なんて、ないよな」
問題は、その方法だった。
誰か、あの墓地に親族を持っている知り合いはいないだろうか。
ぼくは月世界に来てからの短い日々を思い返した。
編集部の同僚。
取材で知り合った花屋の店長。
植物園の研究員。
ルナ研究大学の教授。
どの人にも、親族の墓について尋ねるのは難しい。
そもそも、そんなことを聞けるほど親しいわけでもない。
「…そういえば」
ふっと、一人の少女の顔が浮かんだ。
モノレール駅のカフェ。
いつも明るい笑顔で接してくれる女の子。
ミア。
先日、ルナ中央行政シティの役所で偶然再会し、初めて仕事とは関係のない時間を一緒に過ごした。
街を歩いて、いろいろな話をした。
好きな食べ物の話。
仕事の話。
月世界で暮らすことについて。
それだけだった。
けれど、不思議と心地よかった。
ぼくにとって、この世界で初めてできた「友達」だった。
「…ミアなら」
そこまで考えて、ぼくは首を振った。
「いや、でも…」
お墓参りに一緒に行こう、なんて。
いくら友達とはいえ、不躾すぎないだろうか。
そもそも、これはぼく自身の過去を探すための行動だ。
ミアには関係のないことだ。
「…迷惑、だよな」
そう思いながらも、あの日のことを思い出す。
行政シティの広場で横に座り話した時間。
彼女の笑顔。
穏やかな声。
まるで、ひだまりの中にいるような、不思議な安心感。
あの時間を思い出すと、自然と気持ちが軽くなった。
「…聞くだけ、聞いてみよう」
断られたら、それまでだ。
そう自分に言い聞かせて、ぼくは再びタブレットを手に取った。
メッセージアプリを開く。
連絡先の中に、先日交換したばかりのミアのアイコンがある。
それを見つめているだけなのに、なぜか少し緊張した。
「…なんでこんなに緊張するんだよ」
自分に苦笑しながら、メッセージを入力する。
『突然ごめん。実は今度、エターナル・メモリアルパークに取材に行きたいと思っているんだ』
そこで一度、指が止まった。
「取材」という言葉は、嘘ではない。
けれど、本当の目的を全部書いているわけでもない。
少し言い訳がましい気もする。
それでも、今はこれしか思いつかなかった。
文章を何度か読み返す。
もっと自然な言い方はないだろうか。
迷った末に、ぼくは送信ボタンを押した。
メッセージが画面の向こうへ消えていく。
「…送っちゃった」
急に心臓が速くなった気がした。
既読になるまでの数秒が、妙に長い。
ぼくはタブレットを握ったまま、返信を待った。
このストーリーのショート動画も作成しています。
https://youtube.com/shorts/l1JKqG0FVrg?feature=share




