<約束の記憶>
「もちろん、断定はできん」
教授は念を押すように言った。
「数字が本当に場所を示しているのかも分からん。古い記録が正しいとも限らん」
「それでも…」
ぼくはポケベルを見つめた。
あの塔の最上階。
通信が完全に遮断された場所で、なぜか、これだけが鳴った。
そして、そこに表示された数字。
その数字が、ぼくの過去と関係しているのなら…
「行ってみます、エターナル・メモリアルパークへ」
気づけば、そう口にしていた。
教授は、少しだけ目を細めた。
「そう言うと思っておったよ。
君は、知りたいのじゃろう? 自分が何者なのか。」
胸の奥を見透かされたような気がした。
「…はい」
「ならば、行ってみるといい」
教授は柔らかく笑った。
「ただし、何が見つかるかは分からんぞ」
「覚悟はしています」
「本当に?」
「…たぶん」
「はっはっは!」
教授が豪快に笑った。
「そのくらいでいい。若者は、分からないからこそ前へ進めばよい」
ぼくも、少しだけ笑った。
「今日は、ありがとうございました」
立ち上がり、深く頭を下げる。
「なんだか…ずっと忘れていたものを思い出した気がします」
「ほう?」
「未知のことを調べるのが、すごく楽しいんです」
自分でも不思議だった。
記者としての仕事だから、楽しいのだと思っていた。
けれど、それだけではない。
もっと昔。
ぼくが人間だった頃にも、こうやって、知らないものを追いかけていたような気がする。
「よい顔になったな」
教授が微笑んだ。
「若き記者よ。知識を探求する者の顔じゃ」
「ありがとうございます」
「また来なさい。次は、もっと地球の話を聞かせてくれ」
「はい」
ぼくは笑って、研究室を後にした。
重厚な扉が閉まる。
廊下を歩く足音が、少しずつ遠ざかっていく。
そして――。
研究室に、静寂が戻った。
「…………」
教授はしばらく閉じた扉を見つめていた。
「さて……」
誰もいないはずの部屋で、ぽつりと呟く。
「これでよかったのかの?」
返事はない。
教授はゆっくりと振り返った。
部屋の隅。
大きな本棚の影。
そこには、誰かが立っていた。
「……」
淡い色の服。長い耳。
いつもはカフェの制服を着て、明るい笑顔で客を迎えている少女。
ミアだった。
「ありがとう、おじいちゃん」
ミアは、ゆっくりと姿を現した。
ぼくが聞いたら、きっと驚いただろう。
あの明るく元気なカフェ店員が、まさかこんな大学教授の孫娘だったなんて。
「お前さんが突然、『どうしても会わせたい人がいる』などと言い出したときは、何事かと思ったわい」
教授は苦笑する。
「しかも、『彼にメモリアルパークへのヒントを与えてほしい』とはな」
「…ごめんなさい」
ミアは小さく頭を下げて、小首をかしげながら見上げた。
「迷惑だった?」
「まさか」
教授は笑った。
「むしろ面白かったわい。あの青年はなかなか興味深い」
「うん」
ミアは、胸元で両手を組んだ。
「彼を見たとき…すぐに分かったの。
私の魂が、彼を覚えていた。」
教授は黙った。
ミアの声は震えていた。
「でも、彼はまだ何も思い出していない」
ミアは寂しそうに笑った。
「それは仕方のないことじゃ」
教授は静かに答えた。
「輪廻の記憶というものは、他人から無理に与えられても意味がない」
教授は、先ほどアルトが座っていた椅子を見る。
「わしを通して、気づきの種だけを蒔いた」
ミアは小さく頷いた。
「私はこの世界での新しい関係のままでもいいと思ってたの。
でも、何も思い出せない彼の苦しさを、一緒に支えたいと思ったし、
そこに私がいたことを思い出してほしいって…」
その声は、今にも泣き出しそうだった。
ミアは唇を噛んだ。
教授はミアの頭に手を置いた。
長い耳を、優しく撫でる。
「記憶は、与えられるものではない。本人が取り戻すものじゃ」
「…うん」
「それに」
教授は少しだけ笑った。
「あの青年なら、自分で辿り着くじゃろう。
あの青年の目には、知りたいという意志が宿っておった」
「…」
「心配せんでもよい」
ミアは、ほんの少しだけ笑った。
「ありがとう、おじいちゃん」
けれど、ミアのその笑顔はすぐに消えた。
「……でも少し怖い」
「何がじゃ?」
「彼が全部思い出すこと」
教授は黙った。
「もし、思い出したら…」
ミアの声が小さくなる。
「彼が昔、何を経験したのか。何を失ったのか。どんな運命を背負っていたのか。
それまで全部、戻ってくるんだよね?」
「そうなる可能性はある」
教授は優しく答えた。
ミアは窓の外を見る。
黒い宇宙。
その中に浮かぶ、青い地球。
月から見える地球は、今日も静かに輝いていた。
ミアは大きな瞳を潤ませた。
そして、強くこぶしを握った。
「…私も一緒に背負う」
声が少し震えた。
教授は何も言わなかった。
ミアは胸元に手を当てる。
そこには、アルトから贈られたブローチがあった。
小さな光を反射している。
教授は静かに目を閉じた。
長い沈黙。
やがて、ミアの肩を抱き寄せる。
「そうか」
白いあごひげを撫でる教授の手が、ほんの少しだけ震えていた。
「うまくいくといいの」
教授は窓の外を見つめる。
「女神の導きがあらんことを」
ミアは頷き、また、地球を見つめた。
青い星。
遠い。
けれど、なぜか今はすぐそこにあるように感じた。
彼もきっと、同じ星を見ている。
そして、いつか。
失われた記憶の向こう側で。
ミアは涙を拭った。
そして、青い地球を見つめながら、小さく笑った。
「あの時、絶対にもう一度会おうって……一緒に生きようって、約束したんだもの」
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