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【完結済み】異世界転生うさぎ  作者: Usabean
第六章 記憶を知るもの
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<物知りな教授>

灰色の毛並みから伸びる、真っ白で豊かなあごひげ。

鼻の上には小さな眼鏡。

ゆったりとした白衣のような服を着ている。


そして何より印象的なのは、その目だった。

深い琥珀色。


その瞳の奥には、長い年月を生きてきた者だけが持つような知性と好奇心が宿っている。


「初めまして。記者のアルトです。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」


「うむ。よう来た、よう来た」


「教授が今回の件に詳しいと伺っています」


「そうじゃな。おや、緊張しておるのか?」


教授はニヤリと笑った。


「わしは君が持っている『奇妙な通信機器』に興味津々じゃ」


「…そこからですよね」


「当然じゃろう!」


教授は楽しそうに笑った。


「まあ、そこに座れ。」


そう言って教授が手元のスイッチを押すと、小型の給仕ロボットが部屋の奥から現れた。

器用に二つのカップを運んでくる。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


カップから立ち上る湯気。

ミントに似た香りがする。

けれど、それよりも甘く、深い香りがする。


「この大学で研究されたハーブじゃ。少し気持ちを落ち着かせる効果がある」


一口飲む。

柔らかな香りが口の中に広がった。


「おいしい」


「そうじゃろう」


教授は満足そうに頷く。


「さて――」


教授の視線が、ぼくのカバンへ向いた。


「そろそろ、その不思議な代物を見せてもらえるかの?」


「あ、はい」


ぼくはカバンを開いた。

そして、一番底から黒い小さな箱を取り出した。


机の上へ置いた。


ポケベル。

月世界の洗練された端末とは、あまりにもかけ離れたデザインだ。


四角い黒い筐体。

小さなボタン。

そして、緑色の液晶画面。


「…ほう」


教授の目が輝いた。

さっきまでの穏やかな老人の表情が、一瞬にして研究者のものへと変わる。


教授はポケベルを手に取った。


表面を見る。

裏返す。

側面を見る。

鼻を近づける。



「…ふむ」


軽く振る。耳を傾ける。


「…」


「教授?」


「いや、音も確認しておる」


「そこまでします?」


「研究とは、そういうものじゃ」


教授は真顔で答えた。


「見たことのない素材。極めて単純な構造。そして、妙に頑丈じゃ。

 少なくとも、現在の月世界の通信技術とは完全に異なる」


教授は眼鏡を指で押し上げ、小さな液晶画面を覗き込んだ。


「これは、情報を送る機能を持っていない。受け取るだけの機械じゃな」


「はい」


「受信専用機…というところか」


「その通りです」


ぼくは思わず身を乗り出した。


やっぱり、この教授はすごい。

ほとんど説明していないのに、ポケベルの本質を見抜いている。


「実は…地球では、こういう機械があるんです」


「地球で?」


教授の耳が、ぴくんと立った。


「はい」


ぼくは説明を始めた。


「地球では、これに似た通信機器を『ポケットベル』、略して『ポケベル』と呼んでいました。

 電話のように声を送ることはできなくて、数字や短い文字だけを送るんです」


「ほう!」


「例えば、数字を使って言葉を表すこともありました」


「数字で?」


「はい。日本では、数字の読み方を利用してメッセージにするんです。

 例えば『おはよう』を「0、8、4、0」と数字の語呂合わせで表したり…」


「なんと!」


教授が膝を叩いた。


「面白い!」


完全に食いついた。


「つまり、通信技術そのものが未成熟だったからこそ、人間側が数字に意味を与えたということか!」


「まあ…そういうことです」


「素晴らしい!」


教授は目を輝かせる。


「技術の不足を、人間の想像力と共通認識で補ったわけじゃな!」


「はい」


「便利になればなるほど、我々は『伝えること』そのものを機械に任せてしまう。

 だが、人間は、限られた情報量の中から意味を生み出していた」


教授はポケベルを眺めながら、嬉しそうに笑った。


「実に面白い文化じゃ!」


ぼくはそんな教授を見ていて、なぜか胸が高鳴るのを感じていた。


懐かしい。

そう思った。


ポケベルの知識そのものが懐かしいわけではない。

こうして何かを調べ、考え、未知のものを追いかける感覚。


その感覚が、なぜか自分の中に残っている。

以前の自分は、こういうことが好きだったのだろうか。


「…教授」


「なんじゃ?」


「月世界には、こういう通信技術の発展の過程はなかったんですか?」


「ほとんどない」


教授は即答した。


「我々は、目覚めたときから一定水準の文明を持っていた」


「目覚めた…?」


「おっと」


教授は意味ありげに笑った。


「これは後で話そう」


「……?」


「今は通信機器の話じゃ」


そう言って教授は話を戻した。


「我々の通信技術は、最初から現在のような高機能端末を前提として発展した。

 だから君が言う『不便な道具を工夫して使う』という文化は、我々にはほとんど存在せん」


「なるほど……」


ぼくはカップへ目を落とした。

月世界は、ぼくが思っている以上に特殊な場所なのかもしれない。



教授の表情が、少しだけ変わった。


「…地球か」


「え?」


「君は地球についての知識を持っている。ならば、少し聞きたいことがある」


教授は立ち上がった。

部屋の中央に浮かんでいたホログラムを操作する。

このストーリーのショート動画も作成しています。

https://youtube.com/shorts/cxjDjFB8WEg?feature=share

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