<月の大学へ>
ルナ研究大学は、ルナ中央行政シティから少し離れた場所にあった。
行政都市にある、整然とした白亜のドーム型の施設とは違い、
大きなクレーターの窪地を活かした、岸壁に囲まれた城塞のような場所だった。
モノレールの駅からは、大学の各施設へ向かう直通の通路がいくつも伸びている。
それぞれの建物は低層だが、敷地は広く、複数の施設が立ち並んでいる。
通路の脇に植えられた植物や木々、不思議なモニュメントも点在していて、見ていて飽きない。
大学に通う学生たちも多く行き交っている。
月面なのに、まるで地球の大学キャンパスを歩いているような感覚になる。
「…大学は、こんな感じなんだ」
思わず、ぼくは足を止めた。
木々の間を小さな風が抜ける。
葉が揺れ、さらさらという音がした。
外気が直接流れているわけではない。
大学全体が、クレーターの窪地を活かした巨大な環境ドームになっていて、
内部の気圧や温度、湿度まで細かく管理されているらしい。
学生たちの通うキャンパスの風景が妙に懐かしく感じられた。
そして、胸の奥が小さく疼いた。
最近、こういうことが増えている。
月面の塔で地球を見たとき。
ポケベルに表示された数字を見たとき。
大学のキャンパス。
何かを知っている。
何かを覚えている。
そんな感覚だけが、記憶の霧の向こう側から顔を出す。
けれど、肝心の中身は思い出せない。
ぼくは小さく首を振った。
今日ここへ来た目的は明確だ。
月面の塔で突然鳴り響いたポケベル。
そして、そこに表示された数字。
――7、2、4、3、2、4、4、4。
あれが何を意味するのかを知るためだ。
シオンの紹介状と、編集部からの正式な依頼。
そのおかげで、面会の約束は思いのほか簡単に取ることができた。
指定された場所は、歴史学と環境情報学を統合した特別研究室。
ぼくは案内された建物の前で、一度だけ深呼吸した。
「…よし」
案内された建物の中へ入り、長い廊下を進む。
やがて、目的の部屋にたどり着いた。
目の前に現れたのは、妙に重厚な木製の扉だった。
この月世界では植物由来の合成素材が当たり前のように使われているから、本物の木かどうかは分からない。
ただ、触れてみると、不思議なくらい温かみがあった。
ぼくは軽くノックする。
コン、コン。
「入りなさい」
低く、よく響く声が返ってきた。
「失礼します」
扉を開ける。
そこは、ものすごい部屋だった。
目に入ってくる情報があまりにも多く、思わず大きく目を見開いた。
本、本、本。そして、本。
壁一面の本棚には古い書物が並び、机の上には紙の資料が山積みになっている。
その一方で、机の上には何枚ものホログラム資料も浮かんでいた。
古代文字らしきもの。
月世界の歴史年表。
地球と月の軌道図。
見たことのない生物の図鑑。
さらには、よく分からない機械まで。
ハイテクとアナログが、完全に同居している。
紙の匂い。
それに、ほんの少しだけ電子機器の熱を思わせる匂い。
なんというか。
「学者の巣…」
「ほう?」
しまった。口に出ていた。
「い、いえ! なんでもありません!」
ぼくが慌てて頭を下げると、部屋の奥から笑い声が聞こえた。
「はっはっは! なかなか正直な青年じゃな!」
現れたのは、一匹の年老いたうさぎだった。
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