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【完結済み】異世界転生うさぎ  作者: Usabean
第五章 月面の塔
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<鳴り響く着信音>

『ピロリロ、ピロリロ、ピロリロ……!』


「!?」


甲高い電子音が、静寂を切り裂いた。


あまりにも突然だった。


シオンが弾かれたように振り返る。


「な、なんだ!?」


ぼくも驚いて周囲を見回した。


誰もいない。

警備員も、作業員もいない。


そもそも、このフロアにはぼくたち以外の気配すらない。


なのに――。


『ピロリロ、ピロリロ、ピロリロ……!』


音は、確かに聞こえている。

しかも、すぐ近くから。


「おい、何の音だ!?」


シオンが警戒するように身構えた。


「この最上階で着信だと? そんなこと、物理的にあり得ないぞ!」


「あ……!」


その瞬間、ぼくは気付いた。


音の出どころ。

自分のカバンだ。


「待って…これ……!」


慌ててカバンを開く。

中にはタブレット端末、取材用の記録機器、筆記用具。


そして、その一番下。

今回は気まぐれでカバンに入れてきていた、小さな黒い箱。


「まさか…」


ぼくは震える手で、それを取り出した。


『ピロリロ、ピロリロ、ピロリロ!』



「ぼ、ぼくのだ…」


手のひらに乗るほどの、小さな機械。

古びた黒い筐体。

小さなボタン。

そして、緑色に光る液晶画面。


ぼくがこの世界に来てからずっと持っていたもの。

誰に聞いても用途が分からず、そもそもこの世界のどんな端末とも構造が違っていた。


ポケベル。

ぼくが、そう呼んでいるものだった。


「それが鳴っているのか?」


シオンが顔を近づける。


「ずっと圏外だった。どこに行っても、何をしても反応しなかったのに…」


そして、ぼくは周囲を見渡した。


「ここだけは……違う」


シオンの表情が変わった。


「…この塔か」


ぼくは息を呑む。

この塔では、あらゆる通信が遮断される。


シオン自身がそう言っていた。


タブレット端末は圏外。

通信機能だけではない。

写真すら残せない。


なのにそんな場所で。

この古びた通信機器だけが、強烈な電波を受信している。


シオンが低く呟く。


「この塔では、君のその端末は通信できるということか」


「分からない。でも…」


ポケベルから、再び電子音が鳴る。

そして、音が止まった。


静寂が戻る。


ぼくは恐る恐る画面を確認した。

小さな緑色の液晶に、数字が表示されている。


そこには――。


『7、2、4、3、2、4、4、4……』


「…数字?」


シオンが覗き込む。


「意味は?」


「分からない」


ぼくは首を横に振った。


7、2、4、3、2、4、4、4


ただ、それだけ。

意味のない数字の羅列にしか見えない。

この数字を見ていると、胸の奥が落ち着かなくなる。


「…何か、知っている気がする」


「この数字を?」


「いや…」


自分でも説明できない。

頭では何も思い出せない。

なのに、身体のどこかが反応している。


まるで、この数字を知っている。


昔。ずっと昔に――。


「誰が送ってきたんだろう」


ぼくが呟くと、シオンは険しい顔でポケベルを見つめた。


「この塔の最上階では、通常の通信は完全に遮断されている。なら、この信号はどうやってここへ届いた?」


答えは出ない。

ぼくはポケベルを裏返したり、側面を確認したりした。


当然、仕組みなど分からない。


「オレは編集部でいろんな通信機器を見てきた」


シオンが言った。


「最新型の通信端末から、古い時代の記録媒体までな。

 だが…これは知らない」


シオンの言葉に、ぼくは顔を上げた。


「本当に?」


「ああ。少なくとも、今の月世界で使われている技術ではない」


シオンは画面に表示された数字をじっと見つめた。


「そして、このタイミングで届いたことを考えると…」


「ただのノイズじゃない?」


「そう考えるほうが不自然だろう」


シオンが静かに答えた。


「この塔で、通信できないはずの端末に、通信できないはずの信号が届いた。

 その内容が意味ありげな数字の羅列だ」


彼は少し間を置く。


「暗号かもしれない」


その言葉を聞いた瞬間、胸がざわついた。

過去からのメッセージ。


この世界に来る前の自分。

失われた記憶。

そして、地球。

いったい、何が繋がっているのだろう。


「ぼくの過去に関係しているのかな…」


口から、自然にそんな言葉が漏れた。


シオンは答えなかった。

ただ、ぼくの顔を見ている。


ぼくはポケベルを握りしめる。


「何かを思い出しそうになるんだけど、わからない…」


しばらく沈黙が続いた。

やがてシオンが口を開いた。


「そうだ。ルナ研究大学。」


その名前には聞き覚えがあった。

月世界でも有数の研究機関。


以前、植物園の取材について調べたときにも、その名前を見かけたことがある。


「大学に、この塔の研究をしている教授がいる」


シオンは続けた。


「古代文明と暗号解読の権威だ。かなりの変わり者だが、知識だけは確かだ」


「この数字を見せれば…何か分かるかもしれない?」


「可能性はある」


シオンは頷いた。


「少なくとも、オレたちだけで考えるよりはずっといい」


「じゃあ…」


「下に戻って通信が回復したら、すぐに大学へ問い合わせる」


シオンはタブレットを取り出した。

もちろん、画面には『No Signal』の文字。


「通信が戻ったら、教授への面会依頼と、お前への紹介状を送る」


「ありがとう、シオンさん」


「礼はまだ早い。暗号だと決まったわけじゃないからな」


そう言って、シオンは小さく笑った。


ぼくたちは最後に、もう一度だけ展望フロアを見回した。


何か手掛かりになるものはないか。

塔の内部に何か秘密が隠されていないか。

目に焼き付けるように、周囲を観察する。


そして、ぼくは、もう一度地球を見上げた。


青い。

どこまでも青い。


その瞬間だった。


――ビービー。


「…え?」


頭の奥で、何かが鳴った。


――ビービー、ビービー。


警報。

そう思った。

聞いたことのない音。


…いや。違う。

聞いたことがある。


ぼくは反射的に胸元を押さえた。


「…っ!」


心臓が跳ねる。

息が苦しい。

何かを思い出しそうだった。


暗い場所。

赤く点滅する光。

耳をつんざく警報音。



「地球…?」


口から、言葉が漏れた。

けれど、その先に続く記憶は出てこない。

まるで霧の向こうに逃げてしまったように、頭の中が真っ白になる。


「おい!」


シオンの声が飛んできた。


「大丈夫か!?」


「…ああ」


ぼくはゆっくり顔を上げた。


「大丈夫…たぶん」


「顔色が悪いぞ」


「少し、昔のことを思い出しかけただけだ」


シオンは心配そうにぼくを見る。

けれど、それ以上は聞かなかった。


ただ、エレベーターのほうへ歩き出す。


「今日はもう戻ろう」


「…うん」


ぼくも後に続いた。


ポケベルを、胸元で強く握りしめる。

小さな液晶画面には、まだ数字が表示されている。


『7、2、4、3、2、4、4、4……』


その数字は、ただの羅列なのか。


それとも、遠い過去から、ぼくを呼び続けている声なのか。

あるいは、今もどこかで、誰かがぼくに何かを伝えようとしているのか。


分からない。

ただ一つだけ、確かなことがある。


この塔で鳴り響いたシグナルは、偶然ではない。

そう思えてならなかった。


そしてそれは、ぼくの閉ざされた記憶の扉を、ゆっくりと、確実に開き始めていた。



エレベーターの扉が開く。

ぼくは一度だけ振り返った。


透明な壁の向こう。

漆黒の宇宙に浮かぶ、青い地球。


その姿を目に焼き付けてから、ぼくはエレベーターへ足を踏み入れた。


扉が閉まる。



ぼくたちは、月面の塔を後にした。

このストーリーのショート動画も作成しています。

https://youtube.com/shorts/yTM3k765ai0?feature=share

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