エピローグ
七月のその日、リアトリス王国第一王子『アシュリー・アレクサンドル・リアトリス』の生誕パーティが行われ、彼が初めて公式の場で顔を見せた。
そのパーティには現英傑五名も参加したが、清澄の幻術師は早々にどこかへ消えていたという。
やはり彼女には人の多い場所はまだ早かっただろうかと、残り四人の英傑達は子を見守るような目で相談し合っていた。
現英傑は皆、最年少の清澄の幻術師の成長をあたたかい目で見守っていたいのである。
サーシャも清澄の幻術師であるヴァニーユがパーティに来ている事を知っていた。
主役の彼は次々と声をかけられる中で、その視線は彼女を探していた。
しかし姿が見えたのは最初だけで、彼女はいつの間にか消えていたのだった。
幻術でも使っているのか、それとも早々にこの場を後にしてどこかへ行ってしまったのだろうか。
そう、少し残念に思っていた時だった。
「今日は皆に、そして我が息子アシュリーに、見せたいものがある」
凛としたその声が響き渡ると、会場の声は一瞬にして静まった。
「少しの時間、息子へのプレゼントに付き合っていただきたい」
会場の明かりがふっと消えると共に、深い深い青が天に広がる。
いや、実際にはそこは天井があったはずだが、瞬く間に広がった夜空に会場がわっと声を上げた。
点々と輝く星空に囲まれると、次の瞬間には色鮮やかなカーテンのように光が揺らめく。
「オーロラと呼ばれるものだという」
なぜオーロラがこのような所に? しかも室内で? 様々な疑問は出るが、直後に人々は理解する。
このようなことが出来る有名な人物が一人、この場に居たではないか。
「まさか、清澄の幻術師の幻覚か」
「なんと美しい」
「この人数を相手に幻術を使うなんて……やはりあの子は規格外だな」
「規格外だなんて今更だわ。けれど、そうね。こんなにも美しい景色を見せられちゃ、この場に居る皆が認めざるを得ないんじゃないかしら」
サーシャはその美しさに、心を震わせていた。
これが自分へのプレゼントだなんて、何てことだ。
「おめでとう、アシュリー。この日の為に彼女に頼み込んでしまったよ」
「父上――ありがとうございます」
暗がりの中、彼は父に心の底から感謝した。
こんなにも美しいプレゼントがこの世にあるなど考えられない程に、この胸はいっぱいになってしまう。
あぁ、なんと美しいことか。
それは彼の父や彼女の純粋な想いに対しても、そう思わざるを得ない。
ゆるり、室内の中で風が頬を撫でると、サーシャはその風に意識を向けた。
これまで何度も感じてきた、柔らかく優しい風だった。
「お誕生日おめでとうございます、サーシャ」
その声はサーシャにしか聞こえない程に小さなものだったが、彼には確実に聞こえていた。
なんというサプライズだ、思わずいつものように叫びたくなってしまう。
しかし彼はぐっとその喜びを堪えて、噛み締めていた。
後でいろいろと本人に聞けばいい。
自分たちは友なのだから。
そう笑い、胸を張り、アシュリー・アレクサンドル・リアトリスは感謝の言葉を伝えた。
深い深い夜空の色、そこに煌めく星々と揺らめくオーロラに、彼はとある日の自分の言葉を思い出す。
『あぁ。珍しい夜空の色を、その目にも見せてやろう』
あの時、魔力測定をして彼女に見せた時の魔水の色よりずっとずっと、この景色は美しかった。
ブロンドの長い髪が初秋の穏やかな風に乗り、踊るように揺らぐ。
〜♪〜♪
ヴァニーユは口遊む。
それは最近流行りの優しい恋の歌だが、その澄んだ歌声に人々は誰も振り返ることはない。
誰も、その鈴の転がるような歌声に気が付かない。
柔らかな秋の風に乗って揺らぐ髪を、彼女は手で押さえて歩く。
その日、彼女は緊張していた。
これから初めて足を踏み入れるその学園に、自分は溶け込めるだろうか。
護衛対象をしっかりと守れるだろうか、姿を明かすか、明かさず過ごすか。
少しの緊張はあるが、幻術で人には姿を見られていないことにより、まっすぐと前を向いて歩けていた。
しばらくは学園の様子を見ることに専念しようと彼女は決めていた。
彼にも、そして学園側にも了承を得ている。
ただひとつ予想外なことがあり、清澄の幻術師がアルカナ学園に転入してくるという噂は既に広まっていたのだ。
「聞きまして? 清澄の幻術師様が転入なさるとの噂だわ」
「まぁ! お顔を見たことがないけれど、どのような方なのかしら」
「アシュリー殿下の生誕パーティで英傑の中に居たのを見た方もいらっしゃるそうよ」
「特徴などお聞きになって?」
「えぇと、それが……小柄でかわいらしいお方だとか」
ヴァニーユは何となく聞いてしまっていた自分の話に、「ぐふっ」と変な声が出た。
見られていないとは思っていなかったけれど、ほんの少ししか姿を見せていなくても、気付く人はいるものらしい。
これ以上彼女たちの話を聞かないようにと、ヴァニーユは彼女たちを追い抜いて行く。
そうして、ほんの少しの不安と期待を胸に、速足で新たな学園へと足を踏み入れる彼女は。
清澄の幻術師 ヴァニーユ・ブロンド
心を新たにアルカナ学園の高等部に通い始める、十五歳の少女である。
fin.




