49.いっぱい考えた
彼がなぜそれを知っていたのか、なぜそれで薔薇を選んだのか、いろいろと聞きたいことはある。
驚けばいいのか喜べばいいのか、先程までのように拗ねていればいいのか、いろいろな感情がヴァニーユの心の中に渦巻き、口を開いては閉じてを何度か繰り返す。
あの日以来、次にサーシャに会った時に何から話せばいいのだろうかと、ずっと頭の中でもやもやと考えていた。
その問題に、未だに答えは出ていない。
ただ、ヴァニーユはふと目の奥に痛みが走るのを感じ、顔に皺をよせていた。
こんな予定ではなかったのに、と彼女は自分を責めてしまう。
ダメだ、こぼれ落ちそうだ。
「ヴァニーユ?」
声が出せない、こんなぐちゃぐちゃの顔、見せたくない。
彼が来てくれて嬉しい、けれど今は少し気まずい、そしてなぜそれを知っていたのだろうかと、心の中が大きく揺れ動くのに、ヴァニーユは初めてのことで処理しきれていなかった。
情けない、こんなに感情的になってしまうなんて。
ただ、いろいろな感情が大きく渦巻いている中で、一つだけ明確な感情がそこにはあった。
「どうした、ヴァニーユ? 大丈夫だろうか? ライラック殿を呼んできた方が……?」
「ち、ちがいます。すみません、違うんです」
「ち、ちがう?」
ヴァニーユはそれをぐっとこらえ、下を向く。
頭を横にフルフルと振ると、サーシャの視線から逃げるように両手で顔を隠した。
「私こそ、貴方が悪いわけでもないのに、怒ってしまったんです」
「……おこった?」
「すみませんでした」
ヴァニーユは彼に腹を立てていた自分自身が、許せなかった。
いろいろと隠していたのは確かにサーシャの方だ。
それでも感情的に怒り、へそを曲げてしまったのはヴァニーユ自身の問題である。
ヴァニーユはそんな自分がどうしたらいいのかわからないままだった。
そして、サーシャが謝ってくれた時、感情的になった自分を嫌わないでいてくれたのだと、安心してしまったのだ。
「ヴァニーユが謝ることなど、何一つないではないか!! なぜ謝る!?」
「だから、お、怒ってしまって」
「正当な怒りだろう! 何も問題などありはしない!」
正当な怒り、と言われるほど綺麗な感情ではなく、どろりとした何かが心の中にあるのに。
そうヴァニーユは考えてしまうが、サーシャはヴァニーユの顔を覗き込むようにして、その手首に軽く触れた。
「顔を上げてくれ。俺こそ今申し訳なく思っている」
「?」
「ヴァニーユは俺の為に悩んでくれていたのだろう? 少し嬉しく思ってしまった」
まさか自分のこのどろりとした感情を見せてそんなことを言われるだなんて思ってもいなかったヴァニーユは、思わずサーシャと目を合わせてしまう。
まっすぐと自分だけを見詰めるその目に、呼吸を忘れてしまった。
「いや、少しではないな。だいぶ浮かれているのを感じている」
「……やめてください恥ずかしいです」
「許してはもらえないだろうか?」
少し顔を寄せるようにして、彼は乞う。
いつもより距離感のおかしい彼もまた、今は余裕がないのかもしれない。
そんな風に聞いてくるなんて、なんてずるい人なのだろう。
「……それは、許します、けど」
「ありがとう」
ほっとするような、喜ぶような、優しい笑みを近距離で浴びてしまい、ヴァニーユは一旦一歩下がろうとした。
ドアがあってこれ以上下がれなかった。
場所を選んで話すべきだった。
「この薔薇も受け取ってはもらえないだろうか? こちらはヴァニーユの誕生日プレゼントだ。前に薔薇の話をしただろう?」
「……覚えてくれていたのですか」
彼と一緒に薔薇でも見に行けたならと、そんななんとなくの呟きだったのに、サーシャは覚えていてくれた。
それには少し、ヴァニーユも嬉しく思う。
そんな些細なことを気にしてくれていたのだろうか。
などとほのぼの彼の言葉を聞いていた時だった。
「あぁ。それに、王宮へ来れば薔薇園がある」
「……なにを仰っているのでしょうか」
思わず今サーシャに言われた言葉は空耳だろうか? と自分の耳を疑ってしまった。
この王子は一体なにを言い出したんだ?
「薔薇について研究している者が植えた、美しい薔薇園があるのだ」
「待ってください、まさか王宮へ誘っているのですか?」
「友を誘うのに何か他に理由が必要か? 英傑ならば王宮に出入りも出来るだろう」
「た、確かに出来るとは聞いていますが……」
それは職権乱用にならないか? とヴァニーユはひたすらに心配している。
確かに英傑は王宮を守る為とのこともあり、出入りが許されている。
ちなみにこれまで目立つ所へ行きたくなかったヴァニーユは、王宮にも行ったことはない。
サーシャは「何の問題がある?」と言いたげな瞳でヴァニーユを見つめて来るが、彼女は問題しかないように感じていた。
なんというか、罪悪感が凄まじいのだ。
世の可憐な乙女たちに火炙りにされるのではないかと考えてしまい、ヴァニーユはぶるりと震える。
いや、サーシャがモテるのかどうかは、ヴァニーユは知らないけれど、しかしそれは置いておいても彼は立派な王子様なのだ。畏れ多い。
「今まで正体も隠していた為に、家に薔薇園があることも言えず、我慢していたのだ」
「我慢、されていたのですか」
「我慢していた。言いたくて仕方がなかったのだ」
サーシャの正体が判明したことにより、なにやら色々なタガが外れてしまっていた。
我慢し、反省し、話したいと切望し、竜を倒したあの日からずっと雷鎖の成功を彼女に褒められたくて、ヴァニーユに会いたくて仕方がなかった。
元々距離感のバグっていたサーシャが、感情のままにヴァニーユへ詰め寄ってしまうのも仕方がないことだった。
そんな彼をもう、誰も止められやしない。
「それに言っていただろう、依頼したいことがあると。その話もしたいのだ」
それはこじつけではないだろうな? とヴァニーユは一瞬思ったが、確かに以前依頼の話をしていたことは彼女もよく覚えている。
「ぜひ王宮へと招きたい。そこで少し話をさせてくれないだろうか」
ヴァニーユは考えた。
いっぱいいっぱい考えた。
しかし、考えたところで答えが出る問題ではなく、最終的に彼の強い押しに負け、彼女の王宮行きが確定したのだった。




