48.信頼
王都へと向かってくる七頭の飛竜は、彼等によって倒された。
元英傑の雷造の魔術師『ライラックブロンド』
現英傑の拡散の結界師『ゼス・ポート』
同じく現英傑の清澄の幻術師『ヴァニーユ・ブロンド』
以上三名と、その場に居合わせた一人の学生、計四名である。
王都への飛竜の襲撃は人々に強い恐怖を植え付けた。
しかしその裏で戦っていた者たち、それから人々がパニックにならないよう場を落ち着けていた者たち、王都中心地にある結界を張っていた英傑など、多くの人々が力を合わせて動いていた。
さすがに今回は王都の危機と大騒ぎとなってしまった為、その功績は大々的に発表されるに至ったが、サーシャの功績は公表されず、学生が居合せたということだけ世に広まった。
「納得できませんが、仕方のないことなのでしょう」
「そうだねぇ」
「彼もがんばりました。凄かったんです」
「ヴァニーユがそれを解っていれば、それでいいんじゃないかね。私たちもわかっているよ」
「それでも……彼もそこにいたのに」
「どうしても納得できないんだね、ヴァニーユは」
ヴァニーユはいちごをつまみながら、ライラックの前でむくれていた。
あの日のことは、何をしていても頭から離れることがない。
いつものような討伐や任務ならば、ここまで感情が動かされることはなく、淡々とこなしていくだけだった。
確かに大きな事件ではあった。
竜害……とまでは、被害は広がらなかったけれど、ライラックの魔術で少し森が焼けた場所がある程度で済んだ。
しかし、王都を襲う竜害となる前に防げたのは、サーシャのおかげでもある。
拡散術式の組み込まれた広範囲の結界、それに沿うように絡められた『雷鎖』。
ヴァニーユが目を奪われたのは確かである。
それを褒めたい気持ちもあるが、まだ第二王子だということを隠されていたことも許せてはいない。
世間にこの功績も公表されることもなく、隠される。
ヴァニーユはなんとも複雑な気持ちであった。
机に頬をつくように、彼女は窓の外を眺める。
あの日一羽も見ていなかった鳥たちは、しばらくしてから徐々に姿を見せるようになり、これまでと変わらぬ生活を始めていた。
ヴァニーユは考え続けている。
王族を褒めるなどおこがましいだろうか。
次に会う機会はやってくるのだろうか。
そういえば彼が頼みたいと言っていた依頼とは、何だったのだろうか。
ヴァニーユはわけがわからなくなってくると、額を机に擦り付けて唸る。
「随分と珍しい姿が見られたものだね」
「考えすぎて苦しいです」
「まぁ、喧嘩っていうものはそういうものでもあるんじゃあないかね」
ライラックの何気ないその一言に、ヴァニーユの思考が一瞬止まる。
喧嘩と言われたのだろうか? 喧嘩? サーシャと?
「これって喧嘩なんですか?」
「アシュリー殿下も少し気まずく感じているんじゃないかね」
「……」
アシュリー殿下……名前を隠されていた事ももちろん根に持っている。
ミドルネームの愛称で呼ばされていたとは、本当に何を考えていたんだ、あの人は。
そのこともまた、詰め寄って問い質したいくらいだ。
ヴァニーユは喧嘩などしたことがない。
そもそも人から逃げていた上に、人を怒るようなこともめったになかったからである。
なので一生懸命に考えるけれど、どうすればいいのか正解は全くわからなかった。
その時、ドアノッカーの音が響き、誰かが家に尋ねてきたことを告げた。
ヴァニーユがそれにゆるりと立ち上がると、ライラックが彼女に声をかける。
「今日はもうヴァニーユの好きなようにしていいからね」
「? え、はい、わかりました。ちょっと出てきますね」
ヴァニーユはライラックからの言葉に少し首を傾げたが、そのまま廊下を歩きドアノブを回す。
ドアを開いて最初に目に入ってきたのは、オレンジ色の五本のスプレーバラだった。
目の前に差し出される美しいバラの花束に、ヴァニーユはビクッと肩を揺らして顔を上げる。
一体何事なのか。
「すまない、驚かせてしまっただろうか」
その唇から落とされる音に、彼女は意識を全て持っていかれる。
今し方話していたその彼は申し訳なさそうに彼女を見下ろし、そして困ったように微笑を見せた。
「え、いえ、あの……これは一体?」
こくり、その彼の喉が鳴る。
首から下げられたその美しい青を反射する魔石は揺らめきを強くし、その彼の緊張を伝えてくる。
ヴァニーユは先程の衝撃で未だ高鳴る心臓の鼓動を感じながら、そう彼に尋ねていた。
「どう話し始めるか悩みながら来たのだが、結局決められなかった。故に……まずは謝ろう。いろいろと隠していたこと、申し訳なかった」
「……」
薔薇をその手に抱えながら、彼は綺麗に頭を下げる。
一体何が起きているのか、王族がそんなに簡単に頭を下げるものじゃないだとか、ヴァニーユの頭の中はパニック状態で声も出せない。
というかその薔薇は一体何だ、本当に。
「それから」
頭を上げたサーシャは申し訳なさを出しつつも、その手にある薔薇の花束をヴァニーユへと捧げると、彼女に優しい笑みを向けてそう口にした。
「――誕生日おめでとう、ヴァニーユ」
彼女は一瞬きょとんとした目でサーシャを見て、それから薔薇にその視線を向ける。
そうしてようやく、今日が自分の誕生日だということを思い出したのだった。




